日々を彩るエネルギー 

小さな力を感じながら、ゆるやかに前に進む。そんな毎日を気ままに綴っています。

65歳、大人の休日倶楽部パスで日帰り温泉グルメ旅を始めました(前編)

きっかけは「65歳」という、ちょっと嬉しい節目

先日、めでたく(?)65歳になりました。数字だけ見ると「うわ、ついに来たか」と少しばかり身構えそうになりますが、正直なところ、僕はあまりピンときていません。気持ちのほうは、まだまだ現役の好奇心でいっぱいなのです。

 

とはいえ、歳を重ねるのも悪いことばかりではありません。世の中には「65歳になって初めて手が届くもの」がいくつかあって、その筆頭が JR東日本の「大人の休日倶楽部ジパング」 です。

 

満65歳から入会できて、JR線が片道・往復・連続で201km以上ならおおむね30%引き。しかも年に何回か「大人の休日倶楽部パス」という乗り放題の期間まで用意されているというではありませんか。

以前からうすうす存在は知っていたのですが、いざ自分が対象年齢になってみると、「これはもう、入らない理由がないぞ」と、むしろワクワクしてきてしまいました。

 

というわけで、誕生日を過ぎてすぐにジパングカードを申し込みました。

カードが届くまでの間いろいろとウエブを眺めてみたら、なんと翌週がちょうど第一回目のパス利用期間だというではありませんか!「これはもう、天からの『さあ行ってこい』というお告げに違いない」と勝手に解釈して、翌週カードが届くなり、速攻で申し込みました。

思い立ったが吉日、善は急げ、です。この「まず動いてみる」フットワークだけは、若い頃からのモットーです。

我が家は大宮。さて、どう使い倒しましょうか

僕の住まいは埼玉・大宮です。新幹線の停車駅としては全国屈指の便利さで、東北・上越・北陸方面へひとっ飛び。上野どころか、東京駅まで出る必要すらありません。これは日帰り旅を組むうえで、大きな特権です。

 

5日間乗り放題のパスを手にして、まず考えたのは「どういう旅にするか」でした。選択肢は大きく二つ。

 

ひとつは、宿を取って泊まりがけで北へ北へと足を伸ばす王道スタイル。もうひとつは、大宮を起点に、日帰りで往復するという、ちょっと変わったスタイル。

 

さんざん迷った末、僕が選んだのは後者でした。理由はいくつかあります。

まず、宿の手配も連泊の荷造りもいりません。身軽なリュックひとつで、朝出て夜帰る。翌朝はまた、自宅の布団から気持ちよくスタートできる。この「毎晩ちゃんと我が家に帰れる安心感」、これが存外に大きいのです。家族と普通に夕飯を囲めますし、生活リズムも崩れません。

 

そして何より、大宮という立地なら、日帰りでも驚くほど遠くまで行けるのです。新幹線の速さを味わい尽くすなら、むしろ日帰りのほうが「移動そのものを楽しむ」乗り鉄デビュー魂に火がつきます。「これはなかなか賢い作戦じゃないか」と、一人でニヤニヤしてしまいました。

テーマは「駅近グルメ」と「駅近温泉」の二本柱

旅の中身は、シンプルにこう決めました。現地の駅から歩いて行けるグルメと温泉。これだけです。

 

欲張って観光名所を詰め込みすぎると、日帰りでは移動と観覧でヘトヘトになってしまいます。せっかくの休日に疲れて帰ってきては、本末転倒もいいところ。だから思い切って、「その土地の美味いものを食べて、いい湯に浸かって、車内で缶ビールを開けてほろ酔いで新幹線に揺られて帰る」という、ゆるやかな一本道に絞りました。駅から近ければ、猛暑でも雨でも動きやすいですしね。

年齢を言い訳にするつもりはさらさらありませんが、無理をしないのも長く楽しむコツだと思うのです。

計画づくりは、最近の相棒「AI」と一緒に

ここで、最近の僕の頼れる相棒、生成AIの登場です。「65歳でも新しもの好き」を自認する身としては、こういう便利な道具はどんどん使い倒したい。

行き先の候補を並べて、「大宮起点・日帰り・駅近グルメと温泉」という条件を投げると、移動時間や乗り継ぎ、現地の滞在可能時間まで含めて、実に使えるたたき台を出してくれるのです。

さすがにAIも完璧ではないので、出てきた案は必ず時刻表や公式サイトで裏を取り修正します。

それでも、ゼロからあれこれ日程組むより圧倒的に速い。骨格をAIと詰めて、あとは自分の好みで肉付けしていく。この作業自体が、旅行前のいちばん心躍る時間だったりします。

そうして出来上がったのが、東北・上越をぐるりと味わう5日間の日帰り連続プラン。前編では、まず最初の2日間をご紹介します。

大人の休日クラブパスと6枚まで使える特急券指定席



【1日目】新潟 ― まずは肩慣らしの上越新幹線

記念すべき初日は、福島の磐梯熱海温泉を予定していたのですが、朝方東北方面で地震がありました。

ひとまず大宮駅の新幹線改札まで行ってみたところ、案の定、東北新幹線は運休。

出張の方々、キャリーバッグを引いて来られた小旅行のグループの面々、多くの方々が足止めとなっていました。

この日は平日ということもあって僕はあえて指定券をとっていませんでしたので、フリーパスの醍醐味、その状況に即した気まま旅ということで上越新幹線ホームに駆け上がり、そのまま終点の新潟へ。

大宮から新潟まで、たったの1時間半ちょっとです。あっという間ですね。もう胸がそわそわしてきます。

ホームで買った缶コーヒーを片手に新幹線へ乗り込めば、旅はすでに始まっているのです。

大宮を出てしばらくすると、車窓は一気に緑が濃くなります。越後湯沢を過ぎて長いトンネルを抜けると、あの有名な「国境の長いトンネルを抜けると雪国」の逆コース。梅雨のこの時期は、雪の代わりに青々とした越後平野が地平線まで広がっていて、これがまた壮観なんです。田んぼの緑があまりに鮮やかで、僕はすっかり車窓に見入ってしまいました。何歳になっても、こういう景色にいちいち感動できる自分でいたいものです。

 

新潟駅に着いたら、まずは腹ごしらえ。実はここ、事前にAIが「新潟に行くならこれを食べないと」と太鼓判を押してくれた一杯がありまして。

向かった先は、なんとバスセンター。その一角にある立ち食いそば屋さんの名物が、そば……ではなく、カレーライスなんです。ちょっと変わっているでしょう? でも、これが地元で長年愛され続けている、知る人ぞ知るソウルフードなのだとか。券売機で食券を買って、カウンターで受け

取る。昔ながらの、飾らない一杯です。ひと口食べれば、なるほど納得。どこか懐かしくて、するするお腹に収まっていく美味しさ。

お昼時は行列です

懐かしい黄色いカレー

 

 

カレーでお腹を満たしたら、腹ごなしにと向かったのは、新潟日報社の展望台。

ビルの上から新潟の街をぐるりと一望できると聞いて、これは行かねばと足を運びました。

エレベーターで上がって窓辺に立つと、眼下には悠々と流れる信濃川。日本一の大河が街の真ん中をゆったりと貫き、その両岸に、実に整然と区画された市街地が広がっています。

この整った町並みを眺めていると、かつてこの地から出た大物政治家の面影が、否応なく浮かんできます。「日本列島改造論」を掲げ、故郷・新潟に道路や新幹線を引き込んだ、あの人物です。

功罪はいろいろと語られるところですが、こうして上から街を俯瞰すると、一人の政治家の意志と力が、これほどまでに土地の姿を変えるものかと、あらためて実感させられ、当時の権勢が急に立体的に立ち上がってくるようで、しばし窓辺から離れられませんでした。

新潟日報ビル20F展望台から眺める新潟の町並み

さて、新潟の街を堪能したあとは、少し足を延ばして燕三条へ。ここは言わずと知れた、金属加工とものづくりの町です。家電メーカーの調達畑を長年歩いてきた僕としては、どうしても素通りできない場所です。

新幹線の改札を出てすぐの売店には、地元自慢の銀食器やカトラリーがずらりと並んでいて、その仕上げの美しさに、ついつい見入ってしまいました。職人技の光るスプーン一本にも、この土地の底力が宿っている。眺めているだけで、心が躍ります。

燕三条の銀食器

……と、真剣に品定めをしていたら、なぜかその売店の一角に、あのバスターミナルカレーのレトルトが鎮座しているではありませんか。

銀食器とカレー、この取り合わせには思わず笑ってしまいましたが、これも何かの縁。

結局、この日のお土産は、燕三条の売店で買ったバスターミナルカレーに決定と相成りました。旅というのは、こういう予想外のオチがあるから面白いのです。

レトルト版バスセンターカレー

初日ということもあり、あまり無理はせず、夕方の新幹線で大宮へ。帰りの車内で、駅で買った笹団子をつまみながら「この調子で5日間、体力がもつかなあ」と少しだけ心配になりましたが、まあ、なんとかなるでしょう。

体力にはそこそこ自信があるのです。ほろ酔いの頭は、いつだって楽観的なものですね。


【2日目】青森 ― 日帰りとは思えない、まさかの大遠征

2日目は、いよいよ本領発揮。大宮から新青森まで、東北新幹線で一気に北上です。所要はおよそ3時間。「えっ、それを日帰りで?」と自分でも思いますが、はやぶさの速さをもってすれば、朝出て夕方帰るのは十分に現実的なのです。むしろ、この長い乗車時間こそ、僕にとっては最高のご褒美。景色はどんどん北国のそれへと変わっていきます。

 

宇都宮、福島、仙台、盛岡と、なじみ深い駅名を次々に通過。盛岡を過ぎて八戸へ向かうあたりから、空気が変わる感じがします。トンネルも増えて、「いよいよ本州の北の果てに近づいてきたぞ」と、少年のように胸が高鳴りました。

 

新青森で在来線に乗り換えるのですが、この新青森駅、降りてみると想像以上に郊外の駅でした。「あれ、青森の玄関口なのに、なんだかのどかだぞ」と。

なぜ新幹線は市街地の青森駅ではなく、ここに来たのか。あとで調べてみると、青森駅は行き止まり式のスイッチバック構造で高速列車には不向きなこと、そして市街地では用地の確保が難しかったこと、この二つが理由だとか。なるほど、新横浜や新神戸とまったく同じパターンですね。こういう「なぜ?」を放っておけず、つい調べてしまうのは、僕の昔からの癖なのです。

 

あいにくの雨模様でしたが、どうしても海が見たくなって、奥羽本線で青森駅へ移動。乗ってみればわずか6分の小旅行です。当初は駅直結の商業ビルの地下で昼食を、と思っていたのですが、たまたまふらりと入った市街地の小料理屋さん「あおもり呑み食い処 灯」で、これがもう、絶品の海鮮丼にありついてしまいました。

 

海老、ホタテ、いくら、蟹、白身魚が全部どんと乗った豪華な一杯。しかも観光地価格ではなく、2,150ときたものです。これ、東京で食べたら間違いなく5,000円はする代物ですよ。青森の海の豊かさを、舌でまざまざと実感しました。地元の方いわく、津軽海峡は太平洋と日本海の両方から魚が集まってくるのだそうです。大間のマグロが名物なのも、この恵まれた地理的条件があってこそ。なるほど、と深く納得したのでした。

津軽の絶品海鮮 ご馳走さまでした。

食後は、小雨のなか青森湾岸をぶらり散歩。昭和の港町という風情が漂っていて、正直、どこか寂れた感じもあります。ここはかつて、青函連絡船の発着で大いに賑わった北の玄関口。それが1988年の青函トンネル開通で人の流れが一変し、その残影が今も静かに漂っているのでした。石川さゆりさんが「津軽海峡冬景色」を歌ったあの頃は、それはそれは賑わっていたことでしょう。歌の情景を思い浮かべながら歩くと、雨の港町がまた違って見えてきます。

津軽海峡梅雨景色

帰り道、駅で北海道新聞を一部購入(旅先で地元紙を買うのが、これまた僕の小さな楽しみなんです)。新青森駅の土産物館では、りんご、田酒、ほたての燻製などをあれこれ物色して、はやぶさ6号で大宮へ。18時02分、無事帰着です。

雨の青森、寂れた港町の風情は、正直に言えば僕の好みど真ん中ではありません。でも、だからこそ、かえって「ああ、旅をしているなあ」という実感を、しみじみ与えてくれた一日でした。晴れた観光地ばかりが旅じゃない。そう思わせてくれる青森に、僕はすっかり感謝したのでした。

帰りのはやぶさに乗り込んで、缶ビールを一本。窓の外はゆっくり日が暮れていき、通り過ぎる街の灯りがなんとも綺麗でした。「今日は本州を縦断したんだなあ」としみじみ。3時間の帰り道も、旅の一部だと思えば、少しも苦になりません。むしろこの静かな時間こそ、一日の締めくくりにぴったりなのでした。



前編のまとめ ― 日帰り作戦、大成功です

初日の新潟で肩を慣らし、2日目の青森でいきなり大遠征。それでも毎晩、自宅の布団で眠れるというのは、やっぱり最高でした。翌朝きちんと疲れをリセットして、また新しい行き先へ出発できる。この身軽さこそ、大宮起点・日帰りスタイルの真骨頂だと確信しました。

そして、AIと詰めた計画がしっかり機能してくれたのも嬉しいところ。無理のない乗り継ぎ、駅近に絞ったグルメと温泉。おかげで「疲れに行く旅」ではなく、「元気をもらいに行く旅」になりました。

後編では、3日目以降――かみのやま温泉、鳴子温泉、そして平泉をご紹介します。実はこの中に、この旅いちばんの「まさか!」が待っていました。とある温泉地で、思いもよらない出会いがあったのです。どうぞお楽しみに。

(後編へつづく)

ミニマルな相棒、MacBook Air 11インチ再考

先日、僕の手元にMacBook Air 11インチ(2013年モデル)がやってきました。

今日はその辺のお話をゆるっとしていきたいと思います。

 

1. 11インチを手に入れるまでの葛藤

 

メモリ4GB 、ストレージ128GBというミニマルなモデルです。



メインマシンのM3 MacBook Pro14インチには、パワーも画面の綺麗さも、何一つ不満はありません。

しかし、一点だけ「機動力」という面で、昔ながらのモバイラーとしてちょっとした抵抗感がありました。

およそ1.6キロの物体を抱えてカフェに行き、ドーンと14インチを広げる。

悪くはないけれど、もう少し軽やかでいたい。

 

実は15年ほど前、11インチが登場した時も2011年モデルに飛びついたんですが、

当時は「これ一台で全部こなそう」として画面の小ささに挫折。

わずか1年で手放してしまった苦い経験がありました。

 

でも今、ラインナップから消えたあの「凝縮感」が猛烈に恋しくなったんです。

 Air11インチ、秋葉原を巡っても、最終の2015年モデルで状態が良いと4万円超えなんてザラ。

もう少しでM1の中古が買えてしまう。。

 

そこで、ある程度のリスク(写真の雰囲気と現物のズレ、商品説明の不足等々)は覚悟して、フリマサイトで値頃感の割には「設計が成熟した」と言われる2013年モデルにターゲットを絞って探してみました。

狙いはメモリ8GBの特盛りモデルでしたが、これがまた希少。

 

結局、「4GBでどこまでやれるか試すのも一興」と割り切って、今の僕にちょうどいい一台を迎え入れることにしました。

 

2. 到着:時空を超えて届いたパッケージ

 

先日手元に届いたばかりの11インチ。手に取ると、現行のパキッとしたデザインとは違う、手になじむテーパードデザインがやっぱり心地いいです。

少し太めのアルミベゼルも、今見ると逆に温かみを感じるから不思議なものです。

 

しかも、この個体は最近バッテリーを入れた変えたばかりとのことで。充電回数も10階ほどでした。

外観の状態も保護シートを使っていたのか?キーボードにも全くテカリがなく、外装にも傷一つない、滅多に見かけない出物でした。

 

 

 

  • 重量: 約1.08kg。この「1キロちょい」という軽さが、持ち出す時の心のハードルをスッと下げてくれます。
  • 質感:鈍く光るアルミの肌触りと、指に吸い付くようなキーボードの打鍵感。
  • 流石にタイプCではありませんが、セカンドマシンですので十分です。
  • ポート: MagSafe 2の「カチッ」とハマる感覚やUSB-Aポートの安心感。ドングルを持ち歩かなくていい身軽さは、やっぱり正義ですね。

3. メモリ4GBでどこまで戦えるかにチャレンジ!

メモリ4GBでやりくりします

 

 

さて、今時メモリ4GBで使いこなすのは、ちょっとした知恵比べです。少ないリソースを賢く配分してこの子を「現役」として使いこなすための僕なりの戦術をまとめました。

 

■「メモリ解放」を習慣化する戦術

 

Big Surは、それ以前のOSに比べて視覚効果やバックグラウンド処理がリッチになっています。

AIのアドバイスで下記のようなメモリ負荷軽減をはかりました。

メモリ負荷軽減策
  • 透明度を下げる: 「システム環境設定」>「アクセシビリティ」>「ディスプレイ」で「透明度を下げる」にチェックを入れます。GPUとメモリの負荷をわずかに軽減できます。

  • ログイン項目をゼロにする: 「ユーザとグループ」から、起動時に自動で立ち上がるアプリをすべて削除。4GBモデルにおいて、バックグラウンドで待機するアプリは「敵」です。

 

■ブラウザ運用の「鉄の掟」

 

最大のポイントはブラウザ。ここはMacOSに最適化Safari一択です。

タブを無制限に開くのは禁物。論理的な限界として「3枚まで」と決め、「読んだら閉じる」というミニマリズムを徹底します。

これが意外と、自分の思考を整理するのにも役立つんですよ。

 

Web版アプリへの集約:Microsoft 365(Excel、Word、Teams等)はすべてSafari上で運用。メモリイーターなアプリは一切インストールしない。アプリを閉じた後もSSDのスワップ現象が治まらず挙動が不安定になってしまいます。

 

■シンプルな道具へリプレイス

Wordなどの重いアプリは避け、標準の「メモ」や軽量なエディタを主役に。

クラウドストレージも常駐させず、必要な時だけブラウザから覗きにいく。

この「持たない自由」が、4GBマシンをサクサク動かす秘訣です。

 

4.このキーボードを叩くのが、ただ楽しい

 

実は、Retinaディスプレイを搭載した12インチMacBookにも少し惹かれました。

しかし、どうしても馴染めなかったのが、あの極薄の「バタフライ構造キーボード」です。

 

このAir 11インチ、僕のプライオリティNo.1の使い道は、UpNoteでのテキスト打ちです。

ですから、キーボードの打ちやすさは何よりも優先したいポイントでした。

その点、この時代のMacBook Airに採用されている「シザー構造」のキーボードは最高です。

現行モデルにはない深いストロークが指を心地よく受け止めてくれますし、何よりパチパチという音が出ない静かなタイピングが素晴らしいです。

深夜の自宅でも、静かなカフェでも、周囲に気兼ねすることなく思考をテキストに変えていける。これこそが、僕が求めていた「最高のテキスト打ちマシン」の姿でした。

 

 

5.OSセキュリテイサポートの終了したBig Surを使うにあたり

この機種にインストールできる最新のOSはBig Surです。

しかしながらこのOSも2023年9月をもって、主要なセキュリティ脆弱性(CVE)に対する定期的なパッチ配布は終了しています。

よって以下のようなリスク対策が必要になります。

 

機密情報を扱わない: 銀行取引、クレジットカード番号の入力、メインのApple IDへのログインなどは避け、あくまで「公開しても良い文章の執筆」や「一般的な情報収集」に限定。

 

 

6. 結論:14インチと11インチの二刀流がもたらすもの

これからも重たい資料作りなどの作業はM3 Proに任せますが、この11インチはかつてジョブズが愛した「禅の心」で使い倒していくつもりです。

 

流行り廃りが激しいITの世界で、この「枯れた名機」を自分流にアップデートして使いこなす。

 

そんな楽しみが、これからの僕の人生をより豊かにしてくれるんじゃなかろうかと。。15年前に使った現役バリバリの Airとは一味も二味も違った趣がこのマシンにはありますね。

MacBook Pro 14インチがあれば、iPadはいらなかった。

iPadが登場してから今日まで、僕は9台のiPadを使ってきました。

iPad 2iPad 3、iPad mini 2、iPad Air 2、iPad(第5世代)、iPad Pro 10.5インチ、iPad Pro 11インチ(M1)、iPad mini 6、そして先月買った最新のiPad(第11世代・A16)。

思い返すと、ずいぶん長い付き合いです。

 

もともとMacBook中心の生活でした。PowerBookの時代からApple製品を使い続け、MacBook late2008を約5年、MacBook Airを8年というロングスパンで使ってきました。

インテルMacの進化がやや緩やかだった一方で、iPadは年々性能が飛躍的に向上し、いつの間にか「持ち歩くメイン機」になっていました。特にiPad Pro(10.5インチと11インチは)は当時使っていたMacBookが性能的に限界だったこともあり、純正スマートキーボードを装着してMacBookモドキとして使っていました。

iPad(第11世代)

ところが先月、iPad mini 6を下取りに出して買ったばかりのiPad(第11世代)を、息子に譲ることにしました。

理由はシンプルで、先日購入したMacBook Pro 14インチ(M3)の出来が、型落ちとはいえあまりにも素晴らしかったからです。

もともとApple Pencilで手書きをする習慣もなく、結局相棒はMac一本に戻ってしまったというわけです。

 

息子はというと、11年選手のiPad Air 2からの乗り換え。iPhoneとの併用で普段使っており、パフォーマンスにあまり不満もなかったようなのですが、流石に11年分の進化は凄まじかったようで、画面の鮮明さも処理速度の速さも桁違いで、毎日うれしそうに使っています。

 

正直、iPad(第11世代)は以前iPad Pro 11インチ(M1)を使っていた僕から見ても、普通に使うぶんには何の遜色もなく、“一つの完成し尽くした到達点”といえる仕上がりだと思います。

11年選手のAir2(左)と無印11世代(右)

 

MacBookPro14インチはモノとしての完成度が極めて高かった

ただ、僕にとっては──

仕事もオフもMacBook Pro 14インチ(M3)と過ごしている方が、圧倒的に幸せ度が高いのです。

 

iPadの3倍の重量があっても、トラックパッドの滑らかさ、心地よい打鍵感、そして柔らかな発色のディスプレイ。

MacBook ProはMチップの数字スペックばかりが注目されがちですが、僕のように動画編集をしない使い方であれば、M3ノーマルチップ+メモリ8GBで十分。

むしろ、それ以外の「プロダクトとしての完成度」が際立っています。

 

iPadを手放して、正直、電子書籍の使い勝手や視認性がどうかなと思っていましたが、Kindleなども慣れてしまえばMacBook Proのほうが快適に感じるようになりました。

iPadのように両手で持つということ無く、MacBookをデスクの上にぽんと置いて、左右見開きで書籍が読めますし、画面も綺麗です。

 

また、スピーカーひとつ取っても、オーディオコンポ並みのサウンドを鳴らします。

家で音楽を聞くときは、オーディオコンポでもなく、iPhoneからAirPodsでも無く、MacBook Proの出番です。ノートPCとは思えない、音の深みがあります。

 

発色の美しいディスプレイと工芸品のようなキーボードを備えたノートPCに、上質なオーディオを兼ね備えて1.55kg──この重さを“デメリット”とは感じません。

 

結論として──

iPadはあれば便利。でも、MacBookがあればなくても困らない。

ただし、手書きやイラスト用途、あるいは仕事用PCが別にある環境では、iPadはとても優秀な相棒になってくれます。

MacBook Pro 14インチ M3(今更)に乗り換えて感じたこと ― 仕事道具としての進化

先日、2年間使ってきたMacBook Pro 13インチ(M2)から、14インチ(M3)に乗り換えました。

 

普段の買い物で訪れたコストコに、型落ちのM3が現品処分価格で出ており、当初は買うつもりもありませんでした。

ですが一度店を出たあと、「あの14インチ(M3)は、型落ち展示品といえども滅多に出会えない掘り出し物。今のM2を下取りに出せば差し引き数万円で手に入る。このチャンスは逃せない」と考え直し、引き返して購入。

結果として、この判断は大正解でした。

13インチM2から14インチM3へデータ移行の図

購入して約半月経った実感として、ものとしての佇まい、質感、そして使ったときの安心感。どれを取っても14インチの方が格段に上です。

 

少し前まではお値段の張るProモデルは全く視野になく「あと2〜3年はPro13インチを使って、次は持ち運びが楽なAirかな?」と思っていました。

しかしPro14インチを購入した後で、お店でAirを触ってみると、どうしてもProの質感と比べて“軽さ=簡素さ”を感じてしまいます。

最も軽いAir13インチとの重さの差は、言ってみればわずか300グラム。

持ち運びのデメリットよりも、使っている時間の心地よさが勝ちました。

 

14インチのM3モデルは、発色が柔らかく目に優しい。

13インチM2はややコントラストが強く、長時間の作業では疲れが出やすかったのですが、このM3 14インチLiquid Retina XDRディスプレイは、光のあたり方が自然で、オフィスでもカフェでも作業が続けられます。

仕事柄、一日中画面を見続ける僕には、この“やわらかい

表示”が何よりうれしい変化でした。

 

疲れないキーボード

キーボードも確実に進化しました。

M2モデルの軽やかさに比べ、M3は打鍵にわずかな深みがあり、指先にしっかりとした反応が返ってきます。

この違いが、文章作成のテンポを整えてくれて、使っていて楽しさすら感じますし、

長時間打っても手首が疲れにくく、まさに「仕事道具」として信頼できる感触です。

 

納得の重量増

 

重量は今まで使っていたPro13インチより150グラム増えましたが、ディスプレイとキーボードの質向上を考えれば納得です。

むしろ、軽量モデルは使い勝手や耐久性のどこかを削ぎ落とした結果だと感じるほど。

バッテリーも一日の作業を余裕でこなせるため、ACアダプタを持ち歩かなくなりました。

さらにiPhoneなどへの給電もできるので、モバイルバッテリーも不要に。

また、細かいところではHDMIスロット内蔵なので、今までプレゼン用に持ち歩いていたアダプターも必要なくなりました。

よってもって、結果的に移動時のバッグの総重量はほとんど変わっていません。

中国西安の出張にも連れ出しました。



チップの進化よりも、完成された道具としての価値

 

今回購入したPro14インチのスペックはメモリ8GB、ストレージ512GB。

いわゆる素モデルです。

とくに8GBのメモリについてはネガティブな意見もある中で、動画編集などの重い作業をしない僕にとっては、この構成で十分でした。

Macのユニファイドメモリは、CPU・GPU機械学習エンジンが同じメモリを共有して使う仕組みです。

つまりWindowsのようにメモリが処理ごとにCPU・GPU機械学習エンジンとデータを行き来させる必要がないので効率が非常に高く、8GBでも実際の使用感はWindowsの16GBに近いと感じます。

 

現在、MacBook ProはM5チップ搭載モデルまで進化しましたが、チップの性

能差以上に、ノートパソコンとしての完成度はすでにM3の段階で極まっていると感じます。

発色、キーボード、静けさ、持ち運びやすさ——これらの要素が調和して、使う人の仕事のリズムを支えてくれる。

Appleが積み重ねてきた「道具としての哲学」が、ようやく熟成の域に達したという印象です。

 

僕はそれこそPowerBookがモノクロだった時代からさまざまなMacを使い続けてきましたが、

このMacBook Pro 14インチ(M3)は、僕にとってその集大成のような存在だと思いました。

チップの速さよりも、手にしたときの安心感、開いた瞬間の静けさ、そして仕事に向かう気持ちの整い方。

それこそが、長年使い続けてきた僕にとっての“最高のプロダクト”だと思います。

 

仕事を支える道具は、数字よりも感覚で選びたい。

このMacBook Pro 14インチ(M3)は、その思いを再確認させてくれる一台です。

スマホから紙の新聞に回帰

今日は新聞のお話をしてみたいと思います。

 

■ 若い頃から朝日新聞一辺倒

 

僕が大学時代(1980年代)、自宅最寄り駅の入り口に「新聞自動販売機」というものがありました。

確か1部50円だったと記憶していますが、毎朝この機械にコインを投入し、回転ハンドルを回して取り出した新聞を、電車内で4つ折りにして読みながら大学に通う──そんな“朝の儀式”で一日が始まったのを鮮明に覚えています。

 

1981年のアメリカの原子力空母「エンタープライズ」の佐世保入港阻止運動、北炭夕張炭鉱のガス突出事故など、戦後の残り香を感じさせるような事件が多く、当時の新聞記事も舌鋒鋭く、読みごたえがありました。

 

その頃読んでいたのは朝日新聞。やはり当時の学生は、どこか世の中を斜めに見る、一歩引いて見る──簡単に言えば“左寄り”の感覚を持っていたのだと思います。

その後、社会人になっても十数年にわたり朝日新聞を読み続けました。

 

■ デジタル新聞の登場

 

それから時が流れ、今から16〜17年ほど前、新聞の読み方に大きな革命が起きました。

そうです、iPhoneの登場です。

 

登場したばかりのiPhoneは、カメラも付いていましたが画質はおまけ程度。インターネットにはつながるものの、PCには及ばず、キーボードもなく、少し画面が大きい“変わり種のケータイ”という立ち位置。いわば新しもの好き向けのガジェットでした。

 

そんな中、まず産経新聞iPhone向けに紙面をそのまま読める無料のアプリを出したのは、かなり画期的でした。

ただ、当時のiPhone 3Gの画面サイズはわずか3.5インチ。新聞紙面を読むには拡大・縮小を繰り返さねばならず、かなり苦労したものです。

 

その後、朝日新聞デジタル日経新聞電子版がスマホに最適化されたレイアウトで登場。これが、初期の“スマホ向け新聞”の草分けだったと思います。

 

ちょうどその頃、僕は中国に赴任しており、現地で日本の新聞を購読すると1ヶ月1万円以上、しかも日本版より1日遅れの配達でした。そんな中、デジタル新聞は日本と同じタイミング・同じ価格で読めるという点で、海外赴任者にとってはまさに革命的でした。

 

当時の日本の情報源といえば短波ラジオ程度だったので、スマホ1台で最新記事が読めるありがたさは計り知れません。

 

日本に帰国後も、朝日新聞デジタルと日経電子版を併読するスタイルが長く続きました。

 

そしてここ最近はコスパを重視し、他誌よりコスパに優れた「毎日新聞デジタル」と「日経電子版」を半額キャンペーンで購読していました。

 

■ 紙への回帰と中庸さに惹かれ

ただ最近、サラリーマン生活を卒業した自分が「そもそも新聞をスマホで読む必要があるのか?」と気づきました。

 

満員電車の中ならともかく、自宅のリビングでスマホの小さな画面を凝視するのは、どこか疲れる行為。情報を“読む”というより“追う”だけになっていた気もします。

 

そこで、紙の新聞をまた取ってみようかと考え始めました。

 

現在購読している「毎日新聞デジタル」は、僕には少し話題の幅が狭く感じられ、「日経新聞電子版」は相変わらず記事の質は高いものの、経済・金融中心の記事は今の自分の生活からは少し遠く感じるようになりました。

 

「どうせなら朝刊と夕刊をじっくり読みたい」と思い、ここ1ヶ月は近所の図書館に通って各紙を読み比べました。

 

まずは長年親しんできた「朝日新聞」。

リベラルな視点や環境・人権問題への関心は健在で魅力的でしたが、理想を語る記事が多く、若い頃にはすっと入ってきた論調も、今の自分には少し距離があるように感じました。

 

産経新聞」はややもすると国粋主義的な傾向を感じ、「東京新聞」は守備範囲が狭く、少し物足りませんでした。

 

そして、これまで縁のなかった「読売新聞」。

若い頃はリベラル志向で避けていたのですが、読んでみると政治・経済・生活・スポーツとバランスよく、論調も穏当。

読みごたえもあり、肩の力を抜いて読める紙面構成が気に入りました。

結果として、今の自分に最もしっくりきたのが読売新聞でした。

時とともに、自分の感覚も少しずつ変化してきたのかもしれません。

 

ということで、来月から紙の読売新聞を取ることに決めました。

スマホでは得られない、紙をめくる感覚と余白のある情報体験。 毎朝の時間が、少しだけ楽しみになりそうです。