きっかけは「65歳」という、ちょっと嬉しい節目
先日、めでたく(?)65歳になりました。数字だけ見ると「うわ、ついに来たか」と少しばかり身構えそうになりますが、正直なところ、僕はあまりピンときていません。気持ちのほうは、まだまだ現役の好奇心でいっぱいなのです。
とはいえ、歳を重ねるのも悪いことばかりではありません。世の中には「65歳になって初めて手が届くもの」がいくつかあって、その筆頭が JR東日本の「大人の休日倶楽部ジパング」 です。
満65歳から入会できて、JR線が片道・往復・連続で201km以上ならおおむね30%引き。しかも年に何回か「大人の休日倶楽部パス」という乗り放題の期間まで用意されているというではありませんか。
以前からうすうす存在は知っていたのですが、いざ自分が対象年齢になってみると、「これはもう、入らない理由がないぞ」と、むしろワクワクしてきてしまいました。
というわけで、誕生日を過ぎてすぐにジパングカードを申し込みました。
カードが届くまでの間いろいろとウエブを眺めてみたら、なんと翌週がちょうど第一回目のパス利用期間だというではありませんか!「これはもう、天からの『さあ行ってこい』というお告げに違いない」と勝手に解釈して、翌週カードが届くなり、速攻で申し込みました。
思い立ったが吉日、善は急げ、です。この「まず動いてみる」フットワークだけは、若い頃からのモットーです。
我が家は大宮。さて、どう使い倒しましょうか
僕の住まいは埼玉・大宮です。新幹線の停車駅としては全国屈指の便利さで、東北・上越・北陸方面へひとっ飛び。上野どころか、東京駅まで出る必要すらありません。これは日帰り旅を組むうえで、大きな特権です。
5日間乗り放題のパスを手にして、まず考えたのは「どういう旅にするか」でした。選択肢は大きく二つ。
ひとつは、宿を取って泊まりがけで北へ北へと足を伸ばす王道スタイル。もうひとつは、大宮を起点に、日帰りで往復するという、ちょっと変わったスタイル。
さんざん迷った末、僕が選んだのは後者でした。理由はいくつかあります。
まず、宿の手配も連泊の荷造りもいりません。身軽なリュックひとつで、朝出て夜帰る。翌朝はまた、自宅の布団から気持ちよくスタートできる。この「毎晩ちゃんと我が家に帰れる安心感」、これが存外に大きいのです。家族と普通に夕飯を囲めますし、生活リズムも崩れません。
そして何より、大宮という立地なら、日帰りでも驚くほど遠くまで行けるのです。新幹線の速さを味わい尽くすなら、むしろ日帰りのほうが「移動そのものを楽しむ」乗り鉄デビュー魂に火がつきます。「これはなかなか賢い作戦じゃないか」と、一人でニヤニヤしてしまいました。

テーマは「駅近グルメ」と「駅近温泉」の二本柱
旅の中身は、シンプルにこう決めました。現地の駅から歩いて行けるグルメと温泉。これだけです。
欲張って観光名所を詰め込みすぎると、日帰りでは移動と観覧でヘトヘトになってしまいます。せっかくの休日に疲れて帰ってきては、本末転倒もいいところ。だから思い切って、「その土地の美味いものを食べて、いい湯に浸かって、車内で缶ビールを開けてほろ酔いで新幹線に揺られて帰る」という、ゆるやかな一本道に絞りました。駅から近ければ、猛暑でも雨でも動きやすいですしね。
年齢を言い訳にするつもりはさらさらありませんが、無理をしないのも長く楽しむコツだと思うのです。
計画づくりは、最近の相棒「AI」と一緒に
ここで、最近の僕の頼れる相棒、生成AIの登場です。「65歳でも新しもの好き」を自認する身としては、こういう便利な道具はどんどん使い倒したい。
行き先の候補を並べて、「大宮起点・日帰り・駅近グルメと温泉」という条件を投げると、移動時間や乗り継ぎ、現地の滞在可能時間まで含めて、実に使えるたたき台を出してくれるのです。
さすがにAIも完璧ではないので、出てきた案は必ず時刻表や公式サイトで裏を取り修正します。
それでも、ゼロからあれこれ日程組むより圧倒的に速い。骨格をAIと詰めて、あとは自分の好みで肉付けしていく。この作業自体が、旅行前のいちばん心躍る時間だったりします。
そうして出来上がったのが、東北・上越をぐるりと味わう5日間の日帰り連続プラン。前編では、まず最初の2日間をご紹介します。

【1日目】新潟 ― まずは肩慣らしの上越新幹線
記念すべき初日は、福島の磐梯熱海温泉を予定していたのですが、朝方東北方面で地震がありました。
ひとまず大宮駅の新幹線改札まで行ってみたところ、案の定、東北新幹線は運休。
出張の方々、キャリーバッグを引いて来られた小旅行のグループの面々、多くの方々が足止めとなっていました。
この日は平日ということもあって僕はあえて指定券をとっていませんでしたので、フリーパスの醍醐味、その状況に即した気まま旅ということで上越新幹線ホームに駆け上がり、そのまま終点の新潟へ。
大宮から新潟まで、たったの1時間半ちょっとです。あっという間ですね。もう胸がそわそわしてきます。
ホームで買った缶コーヒーを片手に新幹線へ乗り込めば、旅はすでに始まっているのです。
大宮を出てしばらくすると、車窓は一気に緑が濃くなります。越後湯沢を過ぎて長いトンネルを抜けると、あの有名な「国境の長いトンネルを抜けると雪国」の逆コース。梅雨のこの時期は、雪の代わりに青々とした越後平野が地平線まで広がっていて、これがまた壮観なんです。田んぼの緑があまりに鮮やかで、僕はすっかり車窓に見入ってしまいました。何歳になっても、こういう景色にいちいち感動できる自分でいたいものです。
新潟駅に着いたら、まずは腹ごしらえ。実はここ、事前にAIが「新潟に行くならこれを食べないと」と太鼓判を押してくれた一杯がありまして。
向かった先は、なんとバスセンター。その一角にある立ち食いそば屋さんの名物が、そば……ではなく、カレーライスなんです。ちょっと変わっているでしょう? でも、これが地元で長年愛され続けている、知る人ぞ知るソウルフードなのだとか。券売機で食券を買って、カウンターで受け
取る。昔ながらの、飾らない一杯です。ひと口食べれば、なるほど納得。どこか懐かしくて、するするお腹に収まっていく美味しさ。


カレーでお腹を満たしたら、腹ごなしにと向かったのは、新潟日報社の展望台。
ビルの上から新潟の街をぐるりと一望できると聞いて、これは行かねばと足を運びました。
エレベーターで上がって窓辺に立つと、眼下には悠々と流れる信濃川。日本一の大河が街の真ん中をゆったりと貫き、その両岸に、実に整然と区画された市街地が広がっています。
この整った町並みを眺めていると、かつてこの地から出た大物政治家の面影が、否応なく浮かんできます。「日本列島改造論」を掲げ、故郷・新潟に道路や新幹線を引き込んだ、あの人物です。
功罪はいろいろと語られるところですが、こうして上から街を俯瞰すると、一人の政治家の意志と力が、これほどまでに土地の姿を変えるものかと、あらためて実感させられ、当時の権勢が急に立体的に立ち上がってくるようで、しばし窓辺から離れられませんでした。

さて、新潟の街を堪能したあとは、少し足を延ばして燕三条へ。ここは言わずと知れた、金属加工とものづくりの町です。家電メーカーの調達畑を長年歩いてきた僕としては、どうしても素通りできない場所です。
新幹線の改札を出てすぐの売店には、地元自慢の銀食器やカトラリーがずらりと並んでいて、その仕上げの美しさに、ついつい見入ってしまいました。職人技の光るスプーン一本にも、この土地の底力が宿っている。眺めているだけで、心が躍ります。

……と、真剣に品定めをしていたら、なぜかその売店の一角に、あのバスターミナルカレーのレトルトが鎮座しているではありませんか。
銀食器とカレー、この取り合わせには思わず笑ってしまいましたが、これも何かの縁。
結局、この日のお土産は、燕三条の売店で買ったバスターミナルカレーに決定と相成りました。旅というのは、こういう予想外のオチがあるから面白いのです。

初日ということもあり、あまり無理はせず、夕方の新幹線で大宮へ。帰りの車内で、駅で買った笹団子をつまみながら「この調子で5日間、体力がもつかなあ」と少しだけ心配になりましたが、まあ、なんとかなるでしょう。
体力にはそこそこ自信があるのです。ほろ酔いの頭は、いつだって楽観的なものですね。
【2日目】青森 ― 日帰りとは思えない、まさかの大遠征
2日目は、いよいよ本領発揮。大宮から新青森まで、東北新幹線で一気に北上です。所要はおよそ3時間。「えっ、それを日帰りで?」と自分でも思いますが、はやぶさの速さをもってすれば、朝出て夕方帰るのは十分に現実的なのです。むしろ、この長い乗車時間こそ、僕にとっては最高のご褒美。景色はどんどん北国のそれへと変わっていきます。
宇都宮、福島、仙台、盛岡と、なじみ深い駅名を次々に通過。盛岡を過ぎて八戸へ向かうあたりから、空気が変わる感じがします。トンネルも増えて、「いよいよ本州の北の果てに近づいてきたぞ」と、少年のように胸が高鳴りました。
新青森で在来線に乗り換えるのですが、この新青森駅、降りてみると想像以上に郊外の駅でした。「あれ、青森の玄関口なのに、なんだかのどかだぞ」と。
なぜ新幹線は市街地の青森駅ではなく、ここに来たのか。あとで調べてみると、青森駅は行き止まり式のスイッチバック構造で高速列車には不向きなこと、そして市街地では用地の確保が難しかったこと、この二つが理由だとか。なるほど、新横浜や新神戸とまったく同じパターンですね。こういう「なぜ?」を放っておけず、つい調べてしまうのは、僕の昔からの癖なのです。
あいにくの雨模様でしたが、どうしても海が見たくなって、奥羽本線で青森駅へ移動。乗ってみればわずか6分の小旅行です。当初は駅直結の商業ビルの地下で昼食を、と思っていたのですが、たまたまふらりと入った市街地の小料理屋さん「あおもり呑み食い処 灯」で、これがもう、絶品の海鮮丼にありついてしまいました。
海老、ホタテ、いくら、蟹、白身魚が全部どんと乗った豪華な一杯。しかも観光地価格ではなく、2,150円ときたものです。これ、東京で食べたら間違いなく5,000円はする代物ですよ。青森の海の豊かさを、舌でまざまざと実感しました。地元の方いわく、津軽海峡は太平洋と日本海の両方から魚が集まってくるのだそうです。大間のマグロが名物なのも、この恵まれた地理的条件があってこそ。なるほど、と深く納得したのでした。

食後は、小雨のなか青森湾岸をぶらり散歩。昭和の港町という風情が漂っていて、正直、どこか寂れた感じもあります。ここはかつて、青函連絡船の発着で大いに賑わった北の玄関口。それが1988年の青函トンネル開通で人の流れが一変し、その残影が今も静かに漂っているのでした。石川さゆりさんが「津軽海峡冬景色」を歌ったあの頃は、それはそれは賑わっていたことでしょう。歌の情景を思い浮かべながら歩くと、雨の港町がまた違って見えてきます。

帰り道、駅で北海道新聞を一部購入(旅先で地元紙を買うのが、これまた僕の小さな楽しみなんです)。新青森駅の土産物館では、りんご、田酒、ほたての燻製などをあれこれ物色して、はやぶさ6号で大宮へ。18時02分、無事帰着です。
雨の青森、寂れた港町の風情は、正直に言えば僕の好みど真ん中ではありません。でも、だからこそ、かえって「ああ、旅をしているなあ」という実感を、しみじみ与えてくれた一日でした。晴れた観光地ばかりが旅じゃない。そう思わせてくれる青森に、僕はすっかり感謝したのでした。
帰りのはやぶさに乗り込んで、缶ビールを一本。窓の外はゆっくり日が暮れていき、通り過ぎる街の灯りがなんとも綺麗でした。「今日は本州を縦断したんだなあ」としみじみ。3時間の帰り道も、旅の一部だと思えば、少しも苦になりません。むしろこの静かな時間こそ、一日の締めくくりにぴったりなのでした。
前編のまとめ ― 日帰り作戦、大成功です
初日の新潟で肩を慣らし、2日目の青森でいきなり大遠征。それでも毎晩、自宅の布団で眠れるというのは、やっぱり最高でした。翌朝きちんと疲れをリセットして、また新しい行き先へ出発できる。この身軽さこそ、大宮起点・日帰りスタイルの真骨頂だと確信しました。
そして、AIと詰めた計画がしっかり機能してくれたのも嬉しいところ。無理のない乗り継ぎ、駅近に絞ったグルメと温泉。おかげで「疲れに行く旅」ではなく、「元気をもらいに行く旅」になりました。
後編では、3日目以降――かみのやま温泉、鳴子温泉、そして平泉をご紹介します。実はこの中に、この旅いちばんの「まさか!」が待っていました。とある温泉地で、思いもよらない出会いがあったのです。どうぞお楽しみに。
(後編へつづく)







