いろんな場面で、ふと自分がその場の最年長者だと気づいて、はっとする瞬間があります。
でも、それがどうした、と思う自分もいたりします。年齢なんてただの数字。心が若ければ関係ない——そう開き直れる自分が、確かにここにいるのだと思います。
シーン1:香港発LCC深夜便、行列で気づいた現実
50代前半、深圳赴任中によく利用していたのが、香港発羽田行きのLCC。
当時、日本の自宅では息子が不登校気味で、会社負担の帰国とは別に、プライベートでもマメに帰るようにしていました。となれば、コストセーブは必須。あれこれ調べた結果たどり着いたのが、平日夜発の「香港エクスプレス」でした。
ただし「安い」の裏には、ちゃんと試練が待っていました。
試練その1:ゲートが、とにかく遠い
香港エクスプレスの発着は、第1・第2ターミナルの中間にあるミッドフィールドコンコース。
ここを使うのはこの会社だけなので、とにかく延々と歩かされます。おまけに窮屈な機内。必要なのは気力と体力、ただそれだけ。
ある時、搭乗前の長い行列に並びながら、ふと気づきました。
「——この列で一番の年長者、たぶん自分だ」
見渡す限り20代が半分、残りは30代。9割方そんな顔ぶれの中に、しれっと混じっていた50代の自分。
試練その2:羽田到着が、絶妙に中途半端な時間
深夜着の便は、モノレール最終後に羽田到着。始発までの数時間は、空港のベンチで仮眠するしかありません。
しらじらと夜が明けた頃に目を覚まし、コンビニでおにぎりを買ってベンチで一口。始発モノレールに乗り込み、座席に座った瞬間——爆睡。
そして次に目が覚めたとき、モノレールは目的地の浜松町ではなく、羽田空港へと逆戻りしていました。
終点到着にすら気づかず往復してしまうという、なかなかの醜態。羽田から乗ってきた人たちは、爆睡するおじさんを横目にくすくす笑っていたに違いありません。地味に恥ずかしい記憶です。
シーン2:名古屋の漫画喫茶で時間を潰す、50代後半

岐阜・郡上八幡に赴任していた頃、帰省の足はもっぱら名古屋〜東京間の夜行バスでした。
夜行バスも、体力勝負の乗り物。郡上八幡からまず名古屋まで出て、そこから乗り換えバス待ちで2時間ほど時間を潰す必要があります。
名古屋駅周辺のスタバは軒並み22時閉店。となると頼りになるのは漫画喫茶。
受付カウンターの脇には、22時からのナイトプラン開始を待つ若者たちの列。
「……場違いすぎでは、これ!」
一瞬そう思ったものの、気にせず個室2時間コースを選択。メールを片付けながら時間を潰し、名古屋駅前から夜行バスに乗り込んだものです。
その車内でも、ふと気づけば自分が最年長だったりします。単身赴任のサラリーマンが多い路線だったので、そのあたりは日によってまちまちでしたが。。
シーン3:還暦を過ぎても、スタバに通い続ける理由

スタバに通い始めたのは、子どもが生まれてさいたま市のマンションに越してきた頃——かれこれ20年前になります。
それまでコーヒーといえば喫茶店かドトールだった僕にとって、スタバは空間からして別格でした。
お店の造りのおしゃれさもさることながら、まず働く人たちが生き生きと楽しそうにしている。そして集うお客さんたちにも、どこか意識の高さや洗練された空気。
これはきっと、創業者ハワード・シュルツの経営哲学——従業員・顧客・地域社会、すべての人を大切にすることで持続可能なビジネスを築く、という考え方——が、世界中の店舗の隅々まで浸透しているからだと思いました。
単なるコーヒーチェーンを超えた存在。それがスタバ。
余談ですが、以前テレビで見たシアトル本社でのシュルツ氏のインタビューが忘れられません。
本社内のショップで、彼自身がカウンターに並んでコーヒーを買い、代金を払ってインタビュアーをもてなしていました。
他の会社ならまず、秘書がテーブルにコーヒーを置いて終わり、というシーンが当たり前でしょう。
トップ自らがもてなす姿勢を見せる——それが従業員への何よりの刺激になり、お客様への笑顔のサービスにつながっているのだと思いました。
僕が何歳になってもスタバに通い続ける理由は、このおもてなしの心に惹かれているからです。
まとめ
50歳を過ぎたあたりから、好むと好まざるとにかかわらず、その場の最年長者という現実に遭遇するようになりました。
それを素直に受け入れて「だから何?」と笑えるか、それとも重く受け止めてしまうか——差はそこにある気がします。
自分のスタイルや経験値に凝り固まってしまうと、本来楽しいはずの場所や出会いがどんどん遠くなっていく。それが僕の持論です。
還暦を過ぎた今、正直「還暦」という節目自体、自分の人生とはあまり関係なかった気がしているのです。
年齢を重ねることは、ネガティブなことではありません。経験を重ね、知識を深め、人として成長できる機会は、むしろ歳を重ねるほど至るところに転がっていると感じます。
今日書いたのは、ほんの些細なエピソードたち。それでも、これからも年齢にとらわれず、自分は自分。自分らしく生きていきたいと思います。

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