このブログについて
Macや旅、日々の暮らしの中で気づいたことを、気ままに綴っています。
古いMacを楽しむこと、街を歩くこと、そして日常を少し心地よくする工夫。
そんな「好きなもの」を、自分のペースで記録していくブログです。
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読書の秋〜平家物語で満喫中
2024年10月7日 23:26平家物語の世界へ
ようやく秋風が心地よい季節となりました。今回は「読書の秋」をテーマにしてみたいと思います。
これまで、歴史といえば「いい国作ろう鎌倉幕府」以降の出来事については、教科書で習った知識や、歴史ドラマの影響で折々の歴史小説を読んで掘り下げてみたり、なんとなく大雑把な流れは掴んでいました。
しかし、それ以前の時代、特に平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての歴史は、教科書の断片的な年号の暗記の域を脱すること無く、ほとんど未知の世界だったということに気づきました。
そんな中、古書店でふと手に取ったのが宮尾登美子さんの「宮尾本 平家物語」です。
平家一族の栄光と、源氏という新しい武士の台頭による没落という大きな歴史の流れを描き、登場人物の内面的な葛藤や人間関係に深く迫っている物語です。

宮尾登美子さんのこの作品を読みはじめて、まず引き込まれたのは、当時の衣装、食事、儀礼、習慣など細かな時代考証に基づいて描かれた宮尾さんの筆致とその細かい描写力。
当時の政治や文化、そして人々の心の動きまでも生々しく描写しており、まるでその時代にタイムスリップしたかのような感覚を覚えます。
このへんの描写は本当に見事だと思いました。
調べてみると、宮尾さんは原典である「平家物語」の様々な版本はもとより「源平盛衰記」や「愚管抄」といった同時代の歴史書、さらには「枕草子」や「源氏物語」といった平安時代の文学作品まで幅広く参照し、当時の社会背景、文化、風俗、言葉遣いなどを研究したのだそうです。
また、平家物語の舞台となった壇ノ浦や、厳島神社やなどゆかりの寺社仏閣などを実際に訪れ、当時の風景や雰囲気を肌で感じ取ろうとしたとのこと。
こうした場所を巡ることで、よりリアルな描写が可能になったのだと思います。
加えて歴史学者や考古学者、民俗学者など、様々な分野の専門家への取材による当時の生活様式や文化、制度などについて詳細な情報収集等々。
宮尾さんのこうした緻密な調査や、あくなき探究心によって裏打ちされたこの作品、読み手をぐいぐいとその場面に引き込んで行くような不思議なパワーを感じます。
吉川英治作品との比較
平家を題材とした小説で有名どころは吉川英治「新・平家物語」がメジャーどころで、僕は読んではいないものの、その存在は知っていました。
以前、彼の代表作「徳川家康 全26巻」を電子書籍で大人買いをしたのですが、途中で挫折してしまいました。
物語の展開も壮大で、家康の波乱万丈な人生が描かれ、読者を魅了する「壮大な歴史ドラマ」として大変優れた作品なのですが、根気の要る読み物でした。
出版された当時は今ほどは娯楽が多くなかった時代です。大衆文学というジャンルが隆盛を極めた昭和の中頃から高度経済成長期、家康はうってつけの題材だったのだと思います。
長く挫折状態の「徳川家康」ですが、平家物語を読み終えた頃にでも、改めて読み直してみたいと思います。
話が横にそれましたが、調べてみたところ吉川英治作品「新・平家物語」も、「徳川家康」同様、物語性や人物描写、歴史の必然性といったポイントに重きが置かれた壮大なヒューマンドラマのようです。
いつか宮尾本と読み比べてみたいと思います。(まずは家康が先ですが。。)
まとめ
「平家物語」は、あの有名な冒頭、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり…」のように、単なる歴史物語ではなく、人間の栄枯盛衰、そして人生の無常観を描いた普遍的な文学作品です。
その「平家物語」を、新しい視点かつ正確な時代考証と、緻密な情景描写で書き上げたこの宮尾さんの作品。
読書はまだ半ばですが、この秋は、宮尾本「平家物語」の世界にどっぷりと浸り、歴史のロマンを満喫したいと思います。

秋の夜長に考える、アルコールとの付き合い方
2024年10月4日 21:36こんにちは!今日も読んでいただきありがとうございます。
先日朝のTV番組でキョンキョンこと小泉今日子さんが「最近お酒をやめた」と語っていたのをきっかけに、僕もすっぱりお酒をやめました。。と言いたいところなんですが、やはりなかなかやめられないですよね。
僕は普段飲むのは、350ml缶ビールを晩酌程度。
加えて週に1〜2度外飲みの機会があり、その際はついつい飲みすぎてしまって、翌朝もお酒が残っているなぁと感じることがあります。
歳とともにこの回復具合が遅くなってきており、ちょっとしただるさが抜けない感じが残るようになりました。
なので、そろそろ家飲みはやめて、お酒は外での適度なお付き合い程度に絞ろうかなと考えていたところでした。

お酒との付き合い方4つの違い
お酒をセーブする行為はその目的と度合いとで以下のように分類できると思います。
・断酒:アルコール依存症からの回復を目的として完全にお酒を絶つ。
・禁酒:健康上宗教上などの理由による飲酒の制限
・節酒:健康リスクを減らす、または飲酒による悪影響を避けるため飲む量を減らす
今回僕が漠然と考えているのの「節酒」にあたるのだと思いますが、これに加えて最近「ソバーキュリアス」という耳慣れない言葉が聞かれるようになりました。
これは、健康障害や宗教的な理由などでお酒を断ったり制限したりするのではなく、お酒を飲まないことで自分のライフスタイルにどういったポジティブな変化があるのかという好奇心に基づく考え方だそうで、時にはお酒を楽しむことも許容される柔軟な考え方です。
英語の「sober(シラフの)」と「curious(好奇心旺盛な)」という2つの言葉を組み合わせた造語なんだそうです。
近年ではオーストラリアやイギリスなどで「Sober October」や「Dry January」といった10月や1月の1ヶ月間禁酒をし、飲酒の習慣を見直そうという動きも広まっているらしいです。
あえて調べてみるとこんな社会動向にもなっているんですね。知りませんでした。
キョンキョンの場合、以前は結構な量のお酒を飲む生活をしていたことを明かしていました。かつて、朝ドラの「あまちゃん」の頃などは、ちょっと酒太りのような貫禄がありましたよね。
しかし、最近では健康や生活習慣の見直しのために飲酒を控えるようになり、生活がより安定し、体調が改善されるなどのポジティブな変化があったといわれています。
彼女はこのソバーキュリアスの事例の一つと思います。
郷ひろみさんも
数年前に出版された彼の著書「黄金の60代」の中で、郷さんは60歳を迎える数年前、それまで大好きだったお酒をきっぱりと断ったと書いています。
しかも自宅のワインセラーには100本のワインがありながらという状態で。
動機は単純で「この際やめてみようか」という程度ものだったらしいので、あえて歳だからとか、健康のためにといった動機づけではなく、ソバーキュリアスに該当する事例と思われます。
また、彼がお酒をやめて最も感じた効果としては、お酒は睡眠導入としては効果があるものの、咽が乾いて数時間後に起きてしまったり、トイレに行ったりと、眠りの質が浅くなっていたが、お酒やめてみたら眠りが深くなったことを実感したらしいです。
またお酒を飲んだ翌日は口の中がネバネバして、慢性的な脱水症状のような状態、つまりそうした体内の水分が減っている状態では、血液もドロドロになり様々な病気を引き起こす元にもなると自覚。
今では体の水分が50%を切らないように、意識して水分を摂るようにしているしているのだそうです。。(彼が、どうやって水分量を測定しているのかは書かれていませんでしたが、このへんはなんとなくの感覚があるのでしょうね。)
「黄金の60代」を過ごすために、お酒を断つという選択をした郷ひろみさん。
彼のストイックな生き方は、ソバーキュリアスを実践する上でのお手本の一つかと思います。
ちなみに海外のセレブでは、ブラッド・ピットやダニエル・ラドクリフなど、多くの人がソバーキュリアスを実践していると言われています。
スポーツマンとお酒
一流のスポーツマンの場合、全くお酒を飲まないのかと思いきや。。
スキージャンプで長年活躍し続けた葛西紀明さんは、意外にも「絶対にお酒を飲まない」などの「絶対目標」を作ってしまうと、心の逃げ道が亡くなりストレスになってしまうので、そうした目標は作らなかったと彼の著書のなかで語っています。
彼の長い現役生活の中ではお酒を遠ざけるではなく、なるべくカロリーの低いお酒、ビールではなく白ワインを選び、200キロカロリー(ワイン80ccで58キロカロリー)に抑えることを心がけたそうです。
またお酒を飲む際には、糖質をエネルギーに変えてくれるビタミンB1を多く含むつまみ(枝豆やナッツ類、白子、しらす干し、ぶり、豚肉など)を摂るように心がけたのだそうです。
但し、シーズン中特に筋トレを行った日は、鍛えた筋肉に悪影響が出るのでアルコールはご法度としたとのこと。
やはり、お酒とのつきあい方をうまく考えながら楽しむということが重要なんですね。
秋も深まるにつれ、お酒が美味しいころとなりましたが、僕もこの際じっくりお酒とのつきあい方を考えてみようと思います。
では暫くのあいだ、ソバーキュリアスにトライして、その効果を機会をみてレポートしてみたいと思います。
お酒との付き合い方を見直すことで、心にも体にも少し余裕が生まれました。
その時間を使って、日常をちょっと豊かにするアイテムを探してみるのも素敵ですよね。
僕のお店『PowerAnywhere パワエニ』では、そんな日々を彩るアイテムをご紹介しています。
ぜひ覗いてみてください。

ぶどう狩りに行ってきました。
2024年10月1日 08:09この二十数年来、秋になると出かける勝沼ぶどう狩り。
この秋も妻と二人で行ってきました。
さいたまの自宅から勝沼まで、圏央道〜中央道でちょうど2時間で行けます。
まだ中央道が圏央道と繋がっていなかった十年ほど前までは、国道16号線横田基地周辺の渋滞を抜けて、八王子から中央道に乗っての4時間ドライブでした。それを思えば、勝沼ぶどう狩りもひょいと気楽に行けるようになったものです。
今回出かけたのは9月最終日。関東のお天気は曇り。中央道も途中小雨がぱらついていたりでしたが、笹子トンネルを抜けて眼前にぱっと開ける甲府盆地は一転見事な秋晴れでした。
甲州盆地の清々しさ、これだけでも来た甲斐があります。なんといっても甲斐の国ですので。(笑

勝沼インターで高速を下り、甲州街道沿いの農園は、すでに今シーズン終了しているところもちらほら。
やはり今年の猛暑でぶどうのシーズンがかなり早まっているようです。
以前は10月でも十分ぶどう狩りができたのですが。。なんだかこの数年、季節感が狂っちゃいますよね。
ほぼ毎年出かける勝沼ですが、立ち寄る先は「ぶどうの丘」「ぶらっとどこかのワイナリー」「ぶらと立ち寄るどこかの農園」「目についたほうとうのお店」というパターンです。
今回も、例年同様ぶらっと勝沼です。
勝沼について
江戸時代には甲州街道を通じて江戸に葡萄が出荷されるようになり、「甲州ぶどうの産地」として名を馳せていたようです。
明治時代に入ると、ヨーロッパでワイン造りを学んだ地元の人が、ワイン工場を創業。以来本格的なワイン造りが始まり、昭和後期のワインブームによって、勝沼のワインが注目されるようになったそうです。
今では多くのワイナリーが高品質なワインを生産しており、特に勝沼産の甲州種を使った白ワインは、国際的にも高い評価を受けています。

勝沼及び山梨県(甲府盆地)がぶどうの産地として適している理由
勝沼一帯の甲府盆地が、ぶどうの産地として最適な理由は、独特な気候とその地形によるものです。つまり甲州ぶどうは、ぶどう造りに最適な自然の恵みなのです。
①年間の日照時間が日本一長いのでぶどうの光合成を促進し、糖度を高めるのに最適。
②環境盆地特有の気候で昼夜の寒暖差が大きいため、ぶどうの甘みが増します。
③雨が少ないため、病気のリスクが低く、ぶどうの栽培に適しています。
④扇状地地形は水はけが良く、ぶどうの根腐れを防ぎ、健全な生育を促します。
以上、どこのワイナリーのガイドツアーでも説明のある、決まり文句のおらいでした。
勝沼でどこに行こうか迷ったら、まずはここ。
盆地の小高い丘の上にあり、甲府盆地のここからの眺めは素晴らしいです。
ワインショップ、各種葡萄の直売、レストランも併設されており、いわばぶどうの観光センターのような場所。130種類以上のワインが試飲できるワインカーヴがあります。
ワインも勝沼市内のワイナリー各社とりどりのワインが並んでおり、あれこれ迷って買う一本は味わい深いものです。
僕もお手頃ワインを一本買いました。

シャトー・メルシャン勝沼ワイナリー
明治初期に創業した、日本初のワイン醸造所。
ワイナリーツアーは、予約をすればワインセラーやヴィンヤード(ブドウ畑)が見学できます。今回はぶらっと出かけましたので、ワイン資料館だけ覗いてきました。
この資料館では、当時8ミリカメラで収録された大正時代のワイン収穫の光景がビデオで流れるコーナー、巨大なぶどうの樽、収穫器具などが陳列されており、日本のワインの歴史とメルシャンのワイン造りを学べます。
勝沼には他にもいろいろなワイナリーがあり、ワイナリー巡りもお勧めです。
山梨名物ほうとう
山梨に来たら、お昼は迷わずほうとう。麺はうどんより幅広でもちもちっとした食感。かぼちゃなどの野菜やきのこ豚肉などを味噌で煮込んだあのなんともいえない、山の幸が豊富な山梨ならではのお料理です。
農園の中にあるほうとうのお店の葡萄棚の下のオープン席でいただくほうとうは格別でした。

シャインマスカット
ぶどう狩りの妻のお目当てはシャインマスカット。今回は早々とクローズしてしまった農園も多く、ぶどう狩りではなく店頭で購入することにしました。
いくつかお店を回ったのですが、シーズン末期ということもあり、粒が大きくみずみずしい物がなかなかありません。
3軒目に立ち寄った農園で、気のいい女性の店員さんに試食を勧められ美味しかったのですが、妻が一瞬どうしようか迷った素振りを店員さんが察して、「私、ハウスに行って粒の大きなもの選んできますね。気に入らなかったら購入は結構ですよ。」ということで5分ほど待つと、「これこれ!」という出物に即決買い。妻はとても大喜びでした。

今年も満足秋の風物詩
そんなこんなで、今年も秋の定番風物詩、堪能してきました。
僕はワイン、女房はシャインマスカットで大満足。お昼のほうとうも美味しかったです。
残念ながら、今年の猛暑でぶどうのシーズンはもうすぐ終わってしまいますが、これからは柿のシーズンとのこと。
是非、勝沼で秋を堪能しましょう!

iOS18入れて再認識したパスワード管理の重要性
2024年9月30日 07:15新しいiOS18がリリースされて半月ほど経ちました。
遅ればせながら、僕もiPhoneとiPadにインストールしてみました。
毎年恒例のこの儀式(?)、パフォーマンス向上、待ち受け画面のカスタマイズ、そして例によって発売後6年経過モデルの切り捨て。。なんですが、今回はiOS17が利用できているiPhoneはiOS18にアップグレード可能。
つまり、2018年に発売されたiPhone XS,XRでも使えるので、このモデルは購入して7年、最新のOSのを使えるということになります。
しかしながら機能の目玉(?)であるAppleのAI:アップルインテリジェンスは、対応モデルがiPhone16シリーズと昨年のiPhone15Proに限定。しかも日本語対応は来年からという状況です。
こちらは現時点「そうなのね?」という程度に流してしまってよいと思います。
そんななかで、今回のiOS18。気づきを与えてくれた純正アプリが一つ追加されています。
それは「パスワード」アプリ。


このアプリで提供される機能自体は、従来のiCloudキーチェーンで提供されていたものとほぼ一緒。
では何故、Appleがわざわざ「パスワード」を新アプリとして独自に追加したのか?
それは、「もうそろそろ、自分の覚えやすい文字で綴った安全性の低いパスワードの使い回しはやめましょう!」という注意喚起、警告。。
そおいうことなんじゃないかと。。??
つまり、パスワード管理をiPhoneに任せれば、自動的に安全性の高いパスワードを生成して、保存できるんですよ!と改めてアピールしてきたんだと思います。
また、そうすることによって、自ずとすべてのパスワードを委ねているアップル製品から他社製品への移行も防げますし。。
パスワードの棚卸しに迫られた
ちなみに、以下は自分が使っているパスワードの初期画面です。ちょっと見てみましょう。

僕の登録しているパスワードは全部で558あって、そのうちセキュリティとして万全ではないパスワードが377あるということを表しています。
使い回しのパスワード、単純な数字や連続アルファベットを組み合わせたもの、桁数の短いもの等々、、自分の頭の中で覚えられるパスワードほど危ないものはないということですね。
そうそう、このあいだアカウントを作ったばかりの「はてなブログ」のパスワードもそれに該当していて、早速変更しました。(苦笑
それとよく使うAmazonと、もちろんAppleIDも自動生成パスワードに切り替えました。
以前、パスワードにまつわる詐欺メールを受信し、うっかり現在のパスワード(使いまわし)を打ち込んでしまったことがあり。。これは途中でおかしいと気付きましたが。やはり使いまわしのパスワードというのは怖いです
サブスクに紐づいていたり、金融系のアプリは特に変更しておいたほうが良いかと思います。
暇をみて順次、iOS自動生成パスワードに切り替えて行こうと思います。
つぎに、iOSのパスワード管理アプリを使うとことのメリット・デメリットをまとめてみました。
【メリット】
1. セキュリティの向上
-
強力なパスワード生成: 、複雑で推測されにくい強力なパスワードを自動生成。人間が自分で考えるパスワードは、どうしてもパターン化したり、覚えやすい単語を使ってしまったりしがち。ネット詐欺も高度化・専門化していますから、今まで以上のリスク対策が必要です。
-
安全な保管: パスワードは強力な暗号化技術を用いて保管されるため、漏洩のリスクが低減される。また、多くのアプリは二要素認証つまり、パスワードに加えて指紋や顔に依る生成認証の組み合わせに対応しており、さらなるセキュリティの強化が図れる。
-
定期的なチェック: パスワード管理アプリは、保存されているパスワードが漏洩していないか、脆弱性がないかなどを定期的にチェックし、ユーザーに警告。
2. 利便性の向上
- 自動入力: ウェブサイトやアプリへのログイン時に、パスワードを自動入力してくれるため、毎回手入力する手間が省ける。
- 複数デバイスでの同期: パスワードをクラウド上で同期することで、iPhone、iPad、Macなどで同じパスワードにアクセスできる。
3. 複雑なパスワード管理からの解放
- 記憶の負担軽減: 複雑なパスワードをいくつも覚える必要がなくなり、記憶の負担が軽減。
- 使い回しの防止: 同じパスワードを使い回すリスクを回避。
【デメリット】
・本人の不測の事態を視野に入れてネットバンキングその他、重要なパスワードの一部は、アプリに依存せず紙媒体など他の方法でも保管しておくべき。
まだまだ終活には早いのですが、僕も銀行のIDとパスワードを書いたメモを妻に渡しておこうかと考えています。
今回、OSアップデートして再認識した、セキュリティに懸念のあるパスワード。
今後こまめに見直していきたいと思います。
そして使っているiPhone、なんだかんだとライフラインそのものですね。(苦笑

リメンバー・アキバMac巡り
2024年9月29日 12:54秋葉原、都内で時間を持て余したとき、ついでに立ち寄るお決まりの場所です。
30年ほど前からマックユーザーになり、長年Macのお店やジャンクショップ巡りを趣味としていました。さすがに今では秋葉原も萌え系の街に変容して久しく、かつての電脳系の街という雰囲気は薄れてきたのですが、ついつい立ち寄ってしまう場所です。

PowerBookで振り返るアキバ
先日、PowerBook540cを久々に起動しました。1994年に発売されたMacのノートブックです。
PowerBookで秋葉原巡りアプリ「こさぴーの秋葉マップ」を開いて、当時の秋葉を振り返ってみました。2000年頃のバージョンのようです。

この時代のノートPCの宿命で、液晶がビネガー症候群を患い偏光板がボロボロになっていますが、とりあえずは見れます。
90年代後半にニフティサーブで配布されていたFileMaker Proというデータベースソフトでまとめられた当時の秋葉原のPCショップリストです。
当時秋葉原を巡回していたコアなマックファンの方々が、各ショップに品揃えとかお値段とかいろんなコメントを添えている楽しいアプリなんですが、この時代のバージョンFileMaker Pro2.0で作られており、なんと現在のバージョン20との互換性がありません。
つまり古いMacでしか見れないのです。
僕が初めてPowerBookを買った個人経営のお店にはこんなコメントが入っていました。
ーー
この店で変に通ぶるとオヤジに「でていけ!」と、言われるので秋葉初心者は注意しましょう!でも、こないだアップルの先代20インチマルチスキャンモニターをオヤジと口論の末!5万でゲット出来たので「とても良い店です」としましょう。
ーー
この時代の個人ショップは、昭和のラーメン屋みたいな気風が色濃く残っていたものです。
この頃の秋葉原のPCショップやエレクトロニクスパーツのショップは約250軒ほどあったようですが、以降萌え系の街に変容してしまった秋葉原。現在は50軒ほどになっているようです。
移ろいゆく時代と寂しかった頃のApple
この頃隆盛を極めていたものの、今は廃業してしてしまったお店がたくさんあり、中でも思い出深いお店がTZONEでした。
当時は 秋葉のランドマーク的な存在で、現在はドンキホーテ秋葉原店が入るビルの8階全てのフロアをPC関連製品で埋めていました。
僕もここで、特値で出ていたPowerBook Duoをゲットしました。
この頃、ウインドウズ95を皮切りに、以降98もそうでしたが、新しいパソコンのOSが発売されるとカウントダウンイベントが行われていました。
そしてMacでも。。98年10月、Macの新しいOS 「Mac OS 8.5」の発売カウントダウンが秋葉原の有力PCショップで行われたのです。僕は当時この記事を雑誌「Mac Fan」で読みました。
発売日の午前0時めがけて当時のアップルコンピュータージャパンの原田社長がこのOSの目玉検索機能シャーロックに引っ掛け、シャーロック・ホームズの衣装をまとってT-ZONEのほかにソフマップ、ラオックス、イケショップ、ツクモなどのPCショップを回ったのです。
これは当時のMacが苦境に立たされていた時期に、原田社長が自ら陣頭指揮を執ってMaci復活をアピールする姿勢を示した象徴的な出来事でしたが、Macユーザーは極めて少数派です。
ひっそりとしたマニアックな深夜のイベントだったようです。
秋葉巡りの仲間
この時、ふとしたきっかけで長野県の風景カメラマンと知り合いになり、彼もコアなマックユーザーであったことから一ヶ月おきくらいに一緒に秋葉中古Mac巡りに出かけるようになりました。戸隠から夜行バスで都内まで出てきて、待ち合わせ場所は駅前のラジオデパートの地下1F。

幾つかのオールドマックのお店あり、気のいいおっちゃんがやっているお店で彼がゲットしたオールドMacでちょっと羨ましかったのが、Macintosh Plusです。
1886年に発売され初の日本語環境OS(漢字Talk1.0)を兼ね備えた日本のユーザーにとってはマイルストーン的モデル。
あの当時でもお店に並ぶことは滅多になかったのですが、それでも年に数度見かけました。でも何故かその時は買う気が起きなかったんですよね。明確な理由は無いのですが、なんとなく買ってもすぐ壊れるんじゃないかと。。そんな気がしていました。
それでも後年、PowerBookのコンデンサーを修理したりとかで復帰させたMacもあったわけですから、壊れたら修理すれば良かったのです。
そして、秋葉原でPlusを見かけることはなくなり。。遂にはMacintoshというモデル名が書かれたMacを見かけることも無くなってしまいました。
あの頃の秋葉原、そしてMacとの思い出は、色褪せることなく私の心の中に残っています。