このブログについて
Macや旅、日々の暮らしの中で気づいたことを、気ままに綴っています。
古いMacを楽しむこと、街を歩くこと、そして日常を少し心地よくする工夫。
そんな「好きなもの」を、自分のペースで記録していくブログです。
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時代のあだ花 Palm
2024年8月14日 22:46こんにちはかっさんです。今日も読んでくださってありがとうございます。
今回はザウルスに取って代わって、20世紀の終わりから21世紀前半の大ヒットPDA “Palm“についての振り返りをしてみたいと思います。
Palm登場
PI-6000の大ヒット以降、カラー化を経て、インターネットに繋がったりと、どんどん高機能になっていくザウルス。
カラーモデル(カラーザウルス)は、弁当箱のような分厚く大きなサイズとなり、直後に一転して小さなカラーモデル(ザウルスカラーポケット)が出たのですが、色の再現性もイマイチ。加えて液晶の輝度が暗かったのは致命的でした。
にも関わらず価格は10万円近かったですし、そんな感じでザウルスは衰退の道を辿っていきます。(その名の通り、一時は隆盛を極めながらも時代の変化に適合できず消えてゆくという運命だったのかもしれません)
それにとってかわって、シンプルな操作性とデザインのPalmというPDAがアメリカから上陸し大人気となりました。
ちなみにIBMからはWorkPadという商品名でOEM商品も出ていたんですよ。
これ自体ネットに繋がるわけではなく、画面もモノクロ。クレードルに乗せて真ん中のシンクボタンを押すとパソコンとデータリンクするという極めてシンプルな機能。
スタイラスペンでGraffitiというアルファベット一筆書きのような文字を覚える必要はあったのですが、例えばAは^ Bはβと書いて入力します。一度覚えて慣れてしまえば結構スラスラ入力できて僕も便利に使っていました。
Palmはプロダクトとしての特にハイテクさは何もなかったのですが、クレードルに乗せればPCとデータ連携ができてるというシンクロの簡易性と、アプリのラインナップの多様性、この2つがユーザーの心を掴んだのだと思います。
アプリは、スケジュール管理、ToDoリスト、アドレス帳と言う基本機能の他、ゲームや辞書、電卓など、今のappストアほどではありませんが様々なアプリケーションが外部提供されていて僕もいろんなアプリをとっかえひっかえ入れていました。
Palmの進化2000年頃僕がPalmデビューしたVxは値段も4万円切るような手頃な価格でしたし、ネットに繋がらないなど機能に限界はありましたが機動性に優れ、とても重宝しました。
Vx以降、Palm O/Sを搭載したソニーのClieを何機種か購入。2006年頃に使っていた最終形のモデルは200万画素カメラも付き、ネット接続も出来て、現在のスマホに通づる水先案内人的な存在となりました。
。。が、、しかし。OS自体がシンプルな操作性に重点がおかれていましたので、画像系はやはりショボさが否めなかったでしすし、使っていてツギハギの違和感は否めず、ソフトバンクから2008年に出たiPhone 3Gをすぐさまゲット。
あっけないPalmユーザー卒業でした。
Palmの遺産
Palmはスマートフォン以前の時代に、パッと咲いて散っていった、いわば時代のあだ花だったのかもしれません。
しかし、その革新的な技術とデザインは、初代のiPhoneにも影響を与えているものと個人的には思います。
この頃、携帯電話も写メールやiモードなどどんどん高機能になっていき、毎年のように機種変更しましたが、何故かケイタイには思い入れがないんですね。
ガラケーと揶揄されるように、ユーザーの共感以前の開発側の身勝手な進化?。。だったような気がしています。

Power Book Duo 280cは京都龍安寺
2024年8月14日 09:47リアルモバイルPC
90年代の半ばアップルのノートシリーズPowerBookの主要モデルは重さが3キロ。
さすがに常時持ち運ぶ気になれない重さでした。
一方で、IBMの ThinkPadなどの小ぶりなウインドウズノートの機動性は、羨ましく感じられたものです。
PowerBookシリーズにもDuoシリーズという小ぶりなシリーズがありました。小ぶりとは言っても重さが2キロあったのですが、そのポータビリティと引き換えに、拡張性が大幅にスポイルされていました。
外部インターフェースはモデム/プリンタ共用のシリアルポートと、別売の拡張用ドックに繋ぐ152ピンPDSコネクタのみ。
当時、ウインドウズのサブノートですら装備していたSCSIポートや、FDDドライブといったスロットをバッサリ削った断捨離軽量ノートでした。
これらのポートは、ビデオデッキくらいの大きさのステーションにドッキングさせるか、単体のSCSIアダプタ、フロッピーアダプタといった半月状のアダプタを用途別に購入して繋いで機能拡張するという宇宙ステーションのような使用スタイルでした。
また、画面はカラーではあるものの、8.4インチという、今では言うならiPad mini程度の窮屈なサイズ。
Duo単体でできることは限られていました。
モバイル=禅だった
当時のモバイルデバイスはDuoに限らず、無駄を削ぎ落として心の境地に至ることを目指す禅の世界に通ずる雰囲気を持っていました。
現にその頃大ヒットしたPDA、Palmは「Zen of Palm」という謳い文句で、ザウルスの対抗勢力となっていたほどです。
当時の製造技術では小さくする=限りなく単機能に近くなるということなので、禅はたんなる後付の概念とは思いましたが、マーケティング的には絶妙だったと思います。
ご多分に漏れず僕も、軽いPowerBookには憧れを抱いており、そのころの相棒で万能選手のPowerBook540cのサブとして、モデル末期のDuo280cをアキバでゲットしました。

禅は僕の日常ではなかった
普段遣いの540cが僕の日常とすると、限られたことしか出来ない、単体では拡張性を持たない、画面の小さなDuo280cを使っていると、京都の寺で座禅を組んでいるような境地になりました。使用するにあたり心構えが必要なのです。
Duo単体でできることはかなり限定的で、モデムを介して電話回線でパソコン通信にアクセスする程度です。
画面が小さいので画像加工やエクセルはしんどい。
まだまだインターネットがこの世を席巻する以前の時代、カラーなのに主にテキスト打ちモデルでした。
なので普通にモノクロノートPCなどもあった時代でした。
その反面で、ポート類が少なかったせいで、同じCPUスペックの540cより体感できる速さがありました。
無駄を削ぎ落とすことにより到達できる境地とでも言うのでしょうか?
例えば京都の禅寺、龍安寺にあるつくばい。

そこに描かれた4つの文字「吾唯足知(われただたるをしる)」という禅の教えを表しています。
今あるものに満足し、感謝の気持をもつことの大切さを説いたこの文字は、まさにDuoのポリシーそのものだったと思います。
しかしながら、どうにもこうにもなこの非日常マシン、Duo280cは半年ほどで手放してしまいました。
いつの日か機会があれば、このDuoをオークションサイトでまた手に入れたいと思っています。

ザウルスとISDN公衆電話
2024年8月13日 15:05モバイルの先駆け
90年代前半、家電として「電子手帳」という商品カテゴリーがありました。
用途は電話帳、カレンダー、To doを50音キーパッドで入力。
早い話が、紙の手帳でできることをわざわざアナログ作業を介して、デジタルに置き換えるというある意味矛盾したガジェット。
商品としてはカシオとシャープがしのぎを削っていました。カシオが横型、シャープが縦型という出で立ち。
それから数年後、二大メーカーの勝負は、シャープ が「ザウルス 」という手書きができるデバイスの発売で決着が付きました。
その後ザウルスは何世代か進化を続け、それまでの手帳機能に加え、辞書やゲームなどのアプリケーションを搭載し、ハード的にはICカードスロットや赤外線ポートを装備。
ついには、「うまか棒」みたいな外付けFAXモデムをザウルスドッキングすることによってデジタル通信できる「PI-6000FX」を発売するに至っては、もう普通の人は追いていけませんよ〜!という世界を作り上げてしまいました。
これにより、「PI-6000FX」は当時の電子手帳の枠を超え、モバイルコンピューティングの先駆けとなる存在となりました。
しかし、それを使いこなすにはハードルが高かった。
「PI-6000FX」はその先進性ゆえに、操作が複雑でフルに使いこなすのが難しいという側面もありました。
当時の会社の通信教育プログラムに「ザウルスを仕事で使いこなそう講座」などとというのもあったくらいです。
ご多分に漏れず僕も、買ったはいいけど、一時宝の持ち腐れ寸前の状態。
先輩ザウルスユーザーの方に、「やはり紙の手帳に戻ります。通信は家のMacでできるし。。」と弱音を吐くと、その方から「せっかくお金を出したのだから、使わなければだめですよ。」と言われ、気を取り直して、取説の再読など試行錯誤。
ようやくポテンシャルを引き出すような使い方ができるまでになりました。
モバイルの夜明け
当時ザウルスならではの体験として極め付けだったのは、ISDN公衆電話を使ったデジタル通信です。
当時はまだ携帯電話が一般的なものではなく、モバイルコンピューティング
という言葉はあっても、コンピューター雑誌で紹介される程度の物事。
当時、都内のターミナル駅に設置が始まったデジタル通信ができるISDN公衆電話。
これにモジュラーケーブルを差し込み、ザウルスの外付けモデムを介して、ニフティサーブにログイン。
緊急でもないプライベートなメール受信して悦に入っていました(苦笑
流石に当時そんなことをやっている人種(モバイラーと呼ぶ)は極めて稀というかほぼ皆無。
駅構内を行き交う人々から「何してるんだこの人は!?」という、不審者を見るような眼差しを向けられたことは1度や2度ではありませんでした。
このときは未来の国からやってきたスーパージェッターの気分を味わいましたね。(苦笑
困難を乗り越えた先にあるものを教えてくれたザウルス
この経験は、新しいガジェットに挑戦する際に、諦めずに使い続けることの大切さを教えてくれました。
使いこなすのは難しいかもしれませんが、その先に素晴らしい世界が広がっています。
当時のパソコン通信「ニフティサーブ」を通じ、全国のモバイラーと知り合うことが出来、友情が芽生えました。
アキバ・ジャンクMacめぐりに同行していただいた長野のカメラマン。
ザウルスモバイラーの先駆者で、広島焼きを贈っていただいた広島の同学年の営業マン。
文字だけのやり取りでの中古Macの売り買い等々。。。信頼関係あって成り立つ取引です。
当時のデジタルの世界は、なんともいえぬ信頼の絆で成り立っていました。
後にPowerBookを持ち運びに便利な軽量機種に買い替え、本格的にモバイルワークを始めました。
PowerBookDuo280cです。こいつの話はまたこの次回にでも。

iPodとビートルズ、そしてポール
2024年8月13日 15:02iPod登場
2001年、アップルより「近日発売する新製品!」とシルエットになった製品画像が公開されました。
当時アップルの製品ラインナップはMacオンリー。
どんなプロダクトが出るのか?巷のファンの間では、Palmやザウルスなどのような情報電子ガジェット(PDA)説が最有力でした。
アップが音楽プレーヤーを発売するとは誰も予想しておらず、iPodが正式発表され、僕を含めコアなマックファンには肩透かしを食らった格好でした。
当時のMac系の雑誌の扱いもサラッとしたものだったと記憶しています。
それからわずか僅か2〜3年で、iPodはソニーのMDウオークマンを駆逐。
ミュージックプレーヤーの代名詞を奪い去ってしてしまいました。
その頃、ある雑誌で見かけたロードバイクにさっそうと跨るブッシュ大統領(当時)の姿。片手に水戸黄門の助さんの如く、iPodを掲げたイケてるオッサンに変身。

これはもはや単なるミュージックプレーヤーではなく一大ムーブメントだ!
マックユーザー10年やってる自分がこのムーブメントに乗り遅れている場合ではない!
そう感じた僕は、電車で一駅先のソフマップに駆け込み、遅まきながらもiPodデビューしました。
白いiPodで聴くビートルズ
新しいiPodで聴きまくったのは、中学の頃から聴き始め、人生の折々に励まされたビートルズ。
iPodが出た当時はまだアップルミュージックは無く、iTunesでもビートルズの楽曲は配信されていませんでした。
なので、CDを一旦Macに読み込ませ、iPodにケーブルで転送して聴くという、アナログ作業の介在が必須のデジタルプレーヤー。
ポールのように歳を重ねたい
ビートルズがデビューして60余年、ソロ活動もはや50年を超え、80歳を過ぎた今もなおポピュラー・ミュージックシーンの最前線を走り続けるポール・マッカートニー。そんな彼の姿には、「まだまだ、頑張れるよ」と教えられているようです。
「お前いつまで会社にしがみついてるんだ!?そろそろ自分の好きなことをやれよ!」と囁いてくれた心の声。それはポールの声だったのかもしれません。

旅のお供はiPad mini
2024年8月13日 09:03こんにちは。かっさんです。今回も僕のBlogを読んでいただきありがとうございます。
今日は僕的最大のパワースポット京都と、旅のお供iPadについて語ってみたいと思います。
進化しすぎたiPadPro
PowerBookに出会った頃から何故か年に1~2度、「そうだ京都に行こう!」病が発症し、その翌日には京都にいるということがあります。
このときは、週末に会社を早退して通勤カバンで行っちゃいますので、MacBookは家でお留守番。旅のお供はiPadです。
iPadはこの数年で、Pro 10.5インチ、Pro 11インチ(M1)と変遷しました。
流石にPro M1に至っては、こいつに純正マジックキーボードを合体させると、見かけもできることもまんまMacBook。
次第にMacBookの出番が減って。。ついにはMacBookを手放してしまいました。
でもなんだかんだ言っても、平成モバイラーの僕にはMacBookが必要
MacBookを手放して約1年。我に返った僕はPro13インチ(M2)を書い直し、優秀な万能選手iPadPro(M1)は里子に出して、出しゃばらないmini6に買い替えました。
画面も窮屈で用途も限られるmini6ですが、そこは期待するポジション~例えば旅先、ちょっとした手書き用などと明確にしたうえで使うと、ピタッとハマりますしサイズ感も相まってとても重宝します。
京都の魅力
今更1200年の歴史がどうとか、四季折々の自然がとか、金閣、銀閣や清水が、、などと書くまでも無いのですが、京都で僕の一番好きな場所は四条河原町です。
古さと新しさ、和と洋。。混沌な状況がクロスしながらうまく調和の取れた一角。
この光景、以前観光で行ったパリのオペラ通りに似ているなと感じます。
活気に溢れる商業の中心地であり、交通の要衝である東西の都。
どちらも、その都市の魅力を凝縮したようなスポットであり、訪れる人々に様々なパワーを注入してくれます。
京都が与えるパワーについてまとめ
・千二百年を超える東洋の都:見るもの体験するものそのすべてが、心を落ち着かせ、自分自身と向き合う時間を与えてくれます。
・新しいアイデアやインスピレーションが湧き出ててきます。
〜6月にぶらっと京都に出向きました。梅雨時のまとわりつくような盆地特有の空気に包まれながら街歩きの途中、ふと安井金比羅宮で足が止まりました。
ここは古い縁を断ち切り、良い縁を迎えることができるという不思議なパワーを与えてくれる神社です。
自分でもえっ!と思ったのですが、「このままダラダラと会社勤めをやっている場合ではない。これからは好きなことを仕事にしよう!」
という決意に至った自分がそこにいました。
京都は、訪れるたびに新たな発見と感動を与えてくれる、魅力あふれる都市です。皆さんもぜひ訪れて、京都が持つパワーを感じてみてください。