このブログについて
Macや旅、日々の暮らしの中で気づいたことを、気ままに綴っています。
古いMacを楽しむこと、街を歩くこと、そして日常を少し心地よくする工夫。
そんな「好きなもの」を、自分のペースで記録していくブログです。
新着記事

NOKIAの携帯電話
2024年8月31日 08:18凄まじかったNokiaの勢い
iPhone登場前の携帯電話業界模様はざっくりと、日本ではシャープ、富士通、ソニー、パナソニックなど、日本メーカー百花繚乱。海外ではNokia、モトローラが二大勢力でした。
僕が深圳に赴任していた2000年代の半ば、中国で携帯といえばその大半はフィンランドのNokia製でした。
地方から出稼ぎに出てきた工場勤務の女の子たちが、まず最初に買う電気製品、それがNokiaのモノクロ端末。
機能は通話とショートメッセージだけのごくごくシンプルな携帯電話。お値段は日本円で1万5千円(千人民元)程度だったと思います。
お給料1ヶ月分(日本円で約1万円)と毎日の残業代加算分くらいだったでしょうか。
町なかのの便利店(コンビニ)や雑貨屋で通話プリペイドカード(充値カード)を購入。
カードのスクラッチ箇所をコインで擦って、そこに記されたPINコード番号をサイビスダイヤルに電話をかけて打ち込むと料金相当の通話ができます。
だいたい50元(当時のレートで750円)くらいを一ヶ月で使うという感じだったのではないでしょうか。
それでも携帯電話料金はちょっと高いので、遠く離れた親御さんとの通話は、町なかの公衆電話コーナー(アクリル板で仕切られた一般電話機)からという使い分け。
工場周辺の雑貨店前などには、必ず歩道脇にいくつもの電話コーナーががありました。
でも、当時、彼女たちにとってはNokiaの携帯電話はステータスでしたし、中国のビジネスマンやお金持ち層も、こぞってNokiaという状況でした。
当時、出張で深圳から飛行機で上海へ出かけることが多かったのですが、目的地の上海虹橋空港に着陸した途端、皆一斉に携帯のスイッチをオンにするので、機内のあちらこちらで、あの独特の`ちゃららんちゃん、、ちゃららんちゃ〜〜〜ん’という携帯着信音(Nokiaトーン)が鳴り響いていたものです。
スマートフォンの元祖(N73)
iPhoneが浸透する2010年頃までの数年間、Nokiaのハイエンド携帯が、いわゆるスマートフォンと呼ばれていた時期がありました。
その先駆けとなったのがN73でした。普通のストレートボディなので、カラーとはいえモニタはたったの2.4インチ。今のiPhoneには比べようもない小ささでした。
当時の携帯電話としては画期的なSymbian OSを搭載し、追加で様々なアプリがインストールできました。
カメラは300万画素。当時のデジカメに比類するきれいな写真が撮れました。
文字はテンキーで打つので少々慣れが必要。それでも、深圳の足按摩などで按摩椅子にくつろぎながら、ミクシィとかによく書き込んだものです。
Nokiaのスマートフォンの頂点(N95)
2008年発売の、カールツァイスレンズ、500万画素カメラを搭載した後継モデル、N95はiPhoneのヒット前夜に一瞬輝いたスマートフォン。-
- 画面はN73よりちょっと大きくなりましたがそれでも僅か2.6インチ。
- 当時の携帯のモニタとしては大きい方でした。
- このモデルを確か深圳のガジェットショップで購入したと思います。
iPhoneの登場とNokiaの衰退

名機 Mac Book late2008
2024年8月30日 15:14MacBook
2006年、アップルのノートは、それまでのPowerPCを搭載したPower Bookシリーズから、Intel CPUを搭載したMac Bookシリーズへと改名。
当時は、安易なネーミングだなぁと思ったものです。
上位モデルは、既存のPower Book G4のアルミボディを継承したMac Book Pro。廉価モデルはポリカーボネートプラスチックボディのMac Book。2ラインナップ構成でした。
この頃の僕の相棒はPower Book G4(15インチ。2007年に出たポリカ・ブラックボディのMac Book(MacBookクロ)に買い替えました。USキーボードのやつで、快適に使っていました。
2008年10月発売された 突然変異のMacBook
そして数年後、ユニボディ、つまりアルミを削り出し加工した新型MacBookが発表されました。
このユニボディというのは、当時の金属量産品製法としては常識外れな製法でした。
当時殆どのノートPCは金型プレス機を用いて短時間で鉄板を加工するという製法でしたが、このMacBookは1台1台時間を掛けてアルミを削り出すという、工業品としては生産性二の次、デザイン性ありきの製法でした。
当時、中国深圳に駐在していました。まさに中国が世界の工場といわれた時代、そのど真ん中の地域です。
その頃、ある地元の取引先さんから、「MacBook のユニボディの生産のためにアップルは、広東省のNC切削機を2万台確保している。」などという検証不可能な噂も耳にしました。
僕はこのアルミの「MacBook late2008」を誕生日プレゼントで妻に買ってもらいました。それまで使っていたMacBookクロは妻に払い下げ。
買ったお店は自宅最寄りのソフマップ。応対してくれた店員さんから「これは良いものですから、長くお使いください」と言う言葉の通り、8年位は使ったと思います。
僕のMac使用歴としては、最長の相棒です。
ちなみにスペックは以下のようなものでした。
・ CPU:2.4GHz Intel Core 2 Duo
・メモリ:4GB 1067 MHz DDR3 RAM
・グラフィック:Nvidia GeForce 9400M 256MB
・モニタ:13.3インチ LCD, 1,280 by 800ディスプレイ

Macを何台買ったか覚えてないけど、こいつは正真正銘の名機
このMacBookを8年もの長く使えた理由をまとめると。。
(1)交換できるバッテリー
昔のガラケーの如く、簡単にバッテリーが着脱できる仕様になっています。
さすがに5年ほど使ったところでバッテリーがヘタってきたので、深圳の華強北電気街でサードパーティ製を200元(当時のレートで3,000円くらい)で購入しました。
(2)メモリ、HDD,へのアクセスが容易だった。
・裏面の電池カバーをカパっと開けると、右側にバッテリー、左側にHDDスロットというレイアウト。HDDは簡単に交換できます。僕も吊るしの160GBから500GBに交換しました。当時はSSDは高嶺の花でしたのでそれはパス。
・メモリは電池蓋でな無い方の裏蓋(裏面の2/3を占める裏面ケース)を幾つかのビスを外すとメモリスロットにアクセス出来ました。吊るし4GBメモリを8GBに交換しました。
(3)素性の良いCPU Intel Core 2 Duo
PowerBook G4に搭載されていたCPU (PowerPC G4)と比較すると、処理速は度は圧倒的かつ、どんな使い方でもバランスが取れた良いCPUだったと思います。
このセルフアップグレードMacBook、8年使っていてもすこぶる快適でした。
現在のMacBookは、メモリもストレージも電池も自分で交換して成長させるという楽しみがありませんね。 iPhone同様、ハコモノです。
総じて、ここ数年のPCの進化が緩やかになり、オリジナル仕様のままで長く使えるようになったとも言えるのかも?でもちょっと淋しい気もします。
MacBook late 2008 、楽しい相棒でした。

ついでにロンドン
2024年8月29日 21:26春のフランス家族旅行のお話しついでに、パリからロンドンまで足を伸ばしたお話です。
パリからわりとお手軽に行けたロンドン
パリ〜ロンドン日帰りツアーの当日は、朝5時半パリ中心街のホテルを出発。メトロでパリ北駅へ。
フランスを出国して、ユーロ圏外のイギリスへの入国となりますので、パスポートは忘れずに!
朝食はここでもPAULのパンとコーヒーを買ってユーロスターに乗り込みました。
定刻通り7時12分北駅を出発。車内は家族3人向かい席で快適、快適。。。
まずはそのまま地下鉄で大英博物館へ向かいます。

ロゼッタストーン他見どころ

大英博物館内のイートインコーナーでサンドイッチと飲み物で簡単なランチのあとは二手に別れることにしました。妻と息子はロンドン中心街ハロッズなどショッピングコース。僕はビートルズ聖地巡りです。
ビートルズ聖地巡り、しかし。。。
僕は中学の頃からの生粋のビートルズマニア。
彼らの足跡を辿りました。
以下のルートはロンドン中心街の北西ノエリアで、地下鉄と徒歩で2〜3時間もあれば充分回れます。





翔んでモンサンミッシェル
2024年8月28日 20:44
こんにちは。前回の記事での春に出かけたパリのスタバのお話ついでに、今回はフランス観光の人気スポット「モンサンミッシェル」へ、パリから弾丸日帰りで行ってきたお話です。
個人手配のフランス旅行、パリから380キロ。だいたい東京〜名古屋間といった距離感のモンサンミッシェルに、その日のうちに帰って来る計画を立てました。
これがまた費用・交通手段など、頭の悩ませどころでした。
色々調べてみたところ、日帰りツアーの選択肢は以下となります。
(1)バスツアー:いずれのバス会社もお一人様4万円前後。今回、家族3人で出かけましたので、正直なところ1日の移動費用で10万超えは避けたいところ。
加えて、長時間のバス席の閉塞空間はちょっと耐え難い。途中の田園風景などの景色も楽しめないだろうし。。
(2)TGV:いろいろとググってみたところ、なんとか列車の手配までは自力で出来できそうでした。
しかし、TGVモンサンミッシェル駅下車後の乗り換えバスの本数が少ない事がわかり、仮にそのバスに乗れない場合、目的地まで辿り着けそうもない不安が頭を過ぎってしまってパス。
3)諦めずいろいろ検索してみると、なんと!日系モンサンミッシェル専門の現地コンシェルジュがありました。
此方は現地の日本人女性による親切なメールで応対をしていただけますので、すごく安心出来ました。
モンパルナス駅からの特急券。モンサンミッシェル入場チケットの手配が可能です。
また最寄りバスの乗換えの仕方を親切に教えていただけます。
また、お値段も非常にリーズナブル、いうこと無し!
そして当日
何の不安もなくオペラ通りのホテルを朝6時半出発。
最寄駅からメトロでモンパルナス駅へ向かいます。
駅のパン屋さん(PAUL,東京にもありますね)でパンとコーヒーを買って、7時半発の特急に乗り込みました。
島内散策
両脇がお土産屋さんやら、レストランやらがびっしりと並ぶ細い路地を登って修道院を目指します。人混みを縫ってたどり着いた頂上からの景色はまさに絶景!
修道院内は重厚な石造りの回廊や、荘厳な礼拝堂に圧倒されます。
特に、回廊から中庭を眺める景色は、静謐で厳かな雰囲気に満ちていました。

また、修道院のテラスからは、どこまでも続く広大な干潟と、遠くの地平線まで見渡すことができ、その雄大な景色に言葉を失いました。


帰りの列車も居眠りなどせずにフランスを堪能

香港・深圳スタバ事情(ついでにパリ)
2024年8月27日 23:50この春先から夏場にかけて、パリ、香港、深圳と出かけました。
各地のスタバ、僕なりの感想をまとめてみます。
パリのスタバ
写真はメーデーの朝、スタバ店内から眺めたパリオペラ通り界隈の景色。
休日のパリの街は主要なお店はお休みになります。人影もまばらです。

パリは300年来続くカフェ文化があり、街角のカフェは庶民のサロン的な存在です。
その伝統文化に対して、新参者のシアトルコーヒーStarbucksは、パリ市民には浸透しきれていない感がありました。
世界的な大都市にしてはお店自体の数も少ないし、店内も日本のようにお客さんで溢れかえっていることもありません。
どちらかというと海外の観光客のために、自国で慣れ親しんだコーヒーを求めてくるお客さんのためのお店という印象でした。
5月1日のメーデー。
基本的にパリは日曜・祝日はデパート、商店、コンビニどのお店もお休み。パリ市民はのんびり自宅で休日を過ごします。
しかし、それでも街角のカフェとスタバは営業していました。
カフェはそこそこ近所の人達である程度の賑わいをせていましたが、スタバはお客さんもまばらで殆どがテイクアウト。
店内は日本のスタバほどお洒落な雰囲気ではありません。
さながらファーストフードのお店といった感じです。
お値段はドリップコーヒーのトールサイスで4ユーロほど。日本円で600円ちょいですね。
ちなみに、現地で庶民的なスーパー含め、お買い物をすると、物価的な感覚は1ユーロは100円程度?という感覚でした。
パリのカフェは、長きにわたって歴史的雰囲気や個性的サービスを提供し続けてきました。
スタバのポリシーである自宅・職場以外の第3の場所を提供しますという「サードプレイス・ポリシー」やホスピタリティは、パリの個人主義(好きなように過ごします)とはちよっと趣が違うのかな?という感じでした。
香港のスタバ
香港の中心街、尖沙咀(チムサーチョイ)は至る所にスタバがあります。
店内も日本のスタバ並みに混んでいます。
お客の大半は粋な香港人、若者、欧米人です。中国人観光客は殆ど見かけません。
(街中は圧倒されるような中国人観光客でまさにオーバーツーリズム状態なのですが。。)
店内はお洒落なショッピング街の店舗はともかく、パリのスタバもそうですが、簡素な作りのところが多く、町中のお店は丸テーブル、丸椅子またはベンチシートといった感じで、さながら街の喫茶店ですね。
お値段はドリップコーヒーのトールサイスで40香港ドル。
日本円で800円ですから高いですね。
スタバに限らず、香港の物価は日本の倍という感覚です。
ちなみに、日本帰国する日の朝食は香港空港のスタバでした。
サンドイッチとコーヒーで100香港ドル(日本円で約二千円)でした。
スタバ店内は空いていて、隣のキャンティーン(朝食セット46$など)には行列が出来ていました。
深圳のスタバ
かつて僕が深圳に赴任していた頃、自宅アパート近くには徒歩圏内で三軒のスタバが有りました。
どのお店もさほどおしゃれな雰囲気ではなかったものの、中国のワイワイガヤガヤとした雰囲気とは違った、静かに過ごせる空間がスタバでした。
僕はよくMacBookを抱えて、そこで仕事をこなしたものです。
中国人はコーヒーよりお茶。年齢層が高いほどその傾向が強く、客層は主に大学生か香港から所要で来た人々です。
稀に数人の中高年層を見かのですが、何もオーダーをせず、単に井戸端会議の場として利用している人々だったりします。こんなところも恐るべしですね。
最近の店舗、特に福田区などの近代的なオフィス街にある店舗は、日本の店舗かそれ以上にお洒落なのですが、昔からの商業地区である羅湖区の店舗はシンプルな雰囲気のお店が多いです。
お値段はドリップコーヒーのトールサイスで27人民元。日本円で540円ですからやはり高いですね。
ちなみに僕が深圳に駐在していた2010年頃は15人民元。
当時のレートも1人民元は13円程度だったので日本円でいうと200円くらい。
日本よりかなり安かったです。
当時の地元のスタッフにとっては、食費一食分に相当する金額だったようです。

やはり日本のスタバ(に限らず)は安い
いまや日本は、観光人気度世界一。
その三大要因は、食べ物が美味しい。街が清潔。そして物価が安い。
確かにその通りだと思います。
世界の物価指数の目安として、ビッグマック指数という物があるように、スタバのコーヒーの価格もある程度の目安になります。
世界一安い(?)スタバのある日本。スタバに限らず何でも安い国になってしまいました。
逆に海外に出かけると物価の高さにびっくり!
物価の感覚は、パリは日本の2〜3倍。香港は2倍。
かつては1/5と言われた深圳の物価も、今や物によっては日本とどっこい。
場合によっては日本以上。
この20〜30年、物価据え置きで、暮らしやすい国になったのは良いことなのですが、その反面、仕事でも観光でも海外に出かけられない状況になってしまいました。
事実、パリ、香港、深圳の街角で日本人に出会うことは稀でした。(10年前、僕がいた頃の香港深圳は石を投げれば日本人に当たるという状況だったのに。。)
