このブログについて
Macや旅、日々の暮らしの中で気づいたことを、気ままに綴っています。
古いMacを楽しむこと、街を歩くこと、そして日常を少し心地よくする工夫。
そんな「好きなもの」を、自分のペースで記録していくブログです。
新着記事

中国出張準備(2)通信&キャッシュレス決済編
2024年9月5日 07:59日本の比じゃないスマホ事情
お友達コミュニケーションはWeChat。支払いもWeChatまたはAlipay 。お買い物はAlibaba。 日常の移動はDiDiで白タク手配 。ちょっと空いた時間はTiktok。。 中国では子供から老人まで、とにかくスマホがないと何も始まらないと言ってしまっても決して過言ではありません。
徹底したキャッシュレス
中国行かれる場合、空港での人民元の両替は全く必要ありません。コンビニ、スーパー、電車、タクシー100%キャッシュレスです。 コンビニで現金を差し出すと、店員さんからは「えっ!?」っとびっくり。 先月8年ぶりに深圳に行って、本当にこれには驚きました。 現地の友人に聞くと、「念の為に財布には現金入れてるけど、この3年使ったことがない。」 のだそうです。もはや現金決済は昔の習慣となっています。 決済アプリは「We Chat Pay」または「Alipay」。 既にWe Chatをお使いの方はWe Chat Pay、そうではないかたはAlipayで良いと思います。 どんなお店でも必ずどちらも使えます。 こちらを出発前にスマホに落とし、クレジットカードに紐づける。これMust。 ちなみにクレジットカードは、ほぼ%使える場所がありません。カードが使えるのはホテルのフロントでの代金支払のみ。 通信環境(コミュニケーションツール) まず念頭に入れて置かなければならないのは、中国ではGoogle系アプリの他、LINEが使えません。したがって以下のツールを活用することになります ①WeChat:中国国内及び日本の家族との連絡 中国の国民的アプリですので最も安定した通信ができます。 中国渡航の際、ご家族が同行されるか否かにかかわらずご家族も含めアプリを落として、 ID登録しましょう。アプリに決済機能が付いていて、これが先程のWe Chat Payです。 ②iOSメッセージ・Face Time(ご自身ご家族ともにiPhoneの場合) 日本のご家族にとっては、馴染みのない中国アプリWeChatを入れるより、此方のほうがスムーかも。。 通信環境(インフラ) スマホの通信環境確保大きくくくると3つです (1)日本の携帯電話会社のローミングプラン 一時期に比べると安くなりました。一日1,000円程度でデータ量制限なし。 ちなみに僕が契約しているUQモバイルですと、専用アプリを落として事前予約をすると、1日690円で使えるようです。 ただし中国から日本への通話は1分間で175円。SMSは、70文字までで100円、それ以上の文字数ですと従量制とのことなので、WeChat等のツールの活用がリーズナブルですね。 (2)チャイナ・ユニコム チョコSIM
月々498〜で常時中国の携帯番号が保有できます。
但し日本契約のため中国で使うにはローミング設定となります。
前回の中国出張で使用したのですが、通信の安定性が良くなかったので、今回は下記のデータSIMカードを購入しました。
(2)データSIMカード
アマゾン等で購入出来ます。次回の出張では此方を使ってみようと思います。
1500円でした。

中国出張準備(1)ビザ取得編
2024年9月4日 10:18来週からまた中国深圳に出かけてきます。
中国への渡航に関しては、コロナ以降渡航手続きや、現地の事情が大きく変わっていますので戸惑う方も多いと思います。
また中国関連のネット情報は新旧混在している状況なので、最新情報にたどり着くまでが大変。
そこで、以前の記事でも簡単に触れましたが、ここでそのポイントを整理してみました。
中国行かれる方は参考になさってください。
今回はビザ取得編です
*尚:本記事は2024年9月時点での情報ですのでご注意ください
現在中国渡航は、観光目的でもビジネスでもビザの取得が必須です。
申請に当たっては以下の流れとなります。
ビザ申請書類の準備
①パスポート残存期間が半年以上あること
(ビザ申請にあたっての前提条件です)
②必要書類(詳しくは③)を管轄区域の中国ビザセンターへ申請(オンラインと書類持ち込み両方で)
まずは申請書に必要記載事項を書き込み、オンライン申請を済ませたあと、その申請書をプリントアウトして直接のビザセンターに持ち込みます。
(以前はビザセンター訪問予約が必要だったらしいですが、現在は予約不要です)
中国ビザ申請サービスセンター(東京有明)
https://bio.visaforchina.cn/TYO3_JP/qianzhengyewu
関東地方にお住まいの方は東京有明が所轄です。
改札階(2F)のコンコースに直結する有明フロンティアビルの12階にあります。

③必要書類
(イ)申請書
かなりの項目の個人情報(住所、生年月日、学歴、家族情報、近親者情報、現在及び過去5年 に遡っての勤務先情報など)を記入するので、僕の場合は見直し含め2時間くらいかかりました。
プリントアウトすると表紙含め10枚程度になります。
(ロ)顔写真:当日ビザセンター内の自動証明写真機でも撮れます(千円)
*街の自動写真装置で取る場合の注意点
サイズ(48*33)、背景=白、眼鏡は取る
(ㇵ)パスポート:
直近取得された旧ビザや居留証明が添付箇所のコピー
(旧パスポートの場合は旧パスポートごと提出)
(二)招聘状:ビジネス目的で出かける方はMビザの取得が必要です。
訪問先企業へ発行をお願いしてPDFで送ってもらってください。
*招聘状の取り寄せ以外、申請する内容は観光(L)ビザもビジネス(M)もほぼ一緒です。なので審査面談のヒアリングで突っ込みが入るリスクを考えると目的に応じたビザを申請することをお勧めします。
ビザセンター当日の流れ
①受付カウンターに並ぶ:提出書類が揃っているかどうかのチェックおよび受付番号票の受理。
・申請書、パスポート、証明写真
写真はセンター内の証明写真機も撮れます。
②面談ヒアリングの順番を待つ
ある意味これがメインイベントかもしれません。
僕が行った日、特に二回目の8月末は120くらいの人たちがぎっしり。
なんと! 3時間待ちでした。

③面談ヒアリング
大型モニターにチャイムとともに呼出番号が表示されます。
係官の方との面談と書類記載内容に関しての質問等で所要時間は5分くらい。
書類記載不備はその場で訂正可能。
追加でパスポート必要箇所(直近で取得したビザ等)についてコピーするよう
指示がありますので、カウンター向こうのコピー機でコピーを取り、
パスポートそのものは(そこにビザを貼り付けますので)預けます。
(1枚10円ですので。普段キャッシュレスの方も小銭を用意)
ヒアリングが終了後、ビザ引換証と支払い受付番号票が渡されます。
③支払い
フロア別の窓口で支払いを済ませ終了です。(クレジットカードの他Alipayなど中国キャッシュレスも使えます)
ちなみに、僕の現在の職業は「商人」に該当し、渡航目的は商業活動なので、ビジネス(M)ビザの申請となりました。
年に数回は深圳に行く予定にしていますが、初回はシングルビザの申請のみ受付。次回からマルチビザ受付可能ということでしたので、7月、8月と二度(受取を含めると合計4度)足を運ぶことになりました。
ビジネス(M)ビザ申請料金
・シングル:. 7,750円
・マルチ(3年):13,000円
窓口で確認したところ、ビジネス(M)マルチビザには有効期限2年と3年の二種類があります。申請料金は同じですが滞在可能期間に違いがあり、2年マルチは滞在可能期間90日、3年マルチの場合は30日だそうです。
僕は今回3年マルチをとりました。
④ビザ受取
申請日を含め実働4日目には受取が可能です。ビザ引換証に受取可能日が記載。
受取に関しては10人待ち程度で流れもスムースなので20分くらいですみました。
。。とまあ、根気強く作成が必要な申請書作成。
じっと2〜3時間待ち続けるビザセンター。
苦行のようなビザ申請でしたが、なんとか念願のマルチビザが取得できました。
これで3年間は中国に行き来できるようになりましたのでホッとしています。

京都安井金比羅宮で心機一転!
2024年9月3日 09:06関西随一の縁切り縁結び神社
僕は、京都が好きで、毎年1〜2回は必ず行くのですが、京都の観光名所の中でも、不思議な存在感を放つのが、東山区にある安井金比羅宮です。
通称「縁切り神社」として知られ、悪縁を断ち切り、良縁を結ぶご利益を求めて、全国から多くの参拝者が訪れます。
安井金比羅宮は以前の記事でもちょっとだけ触れましたが、ここで詳しくご紹介しておこうと思います。
起源
安井金比羅宮の創建は、飛鳥時代、藤原氏の祖・藤原鎌足が子孫の繁栄を願い、藤の木を植えて「藤寺」を建てたと言い伝えられており、これが起源とされています。
その後「観勝寺」と名を改め、その藤をこよなく愛したのが崇徳上皇でした。
1156年の保元の乱で敗北した上皇は、讃岐国に流罪となってしまいます。
後に後白河法皇により正式に崇徳上皇を祀る神社となり、現在の安井金比羅宮に至ります。
縁切り
讃岐国に流罪となった崇徳上皇は、何度も京都へ戻りたいと願い出ましたが受け入れられず、上皇はやせ細って「人ではない姿」になってしまい、失意の中で二度と都の土を踏むことなく亡くなったのでした。
「縁切り」は主祭神である崇徳上皇が、人の世への一切の未練を断ち切り、現在もある金刀比羅宮の中に籠もり人の世への未練を断ってしまったことに由来します。
このことから、神社は「何かへの未練を断つ」、「断ち物の祈願所」として人々に信仰されるようになりました。
つまり「縁切り」とは、人の心を惑わす悪いものとの縁を断ち切って、すっきりとした状態にする、身を清めるという意味なのだそうです。
縁結び
また、安井金比羅宮は上皇の后の阿波内侍と過ごした場所。二人は上皇の流刑により引き裂かれてしまいましたが、上皇は自分と同様に相思相愛の人が引き裂かれてしまうことのないようにお護りしたことから、邪魔をする悪縁を絶って良縁を保つという「縁結び」のご利益があるのだそうです。
納得の場所だった
僕がこの神社を知ったのは、岐阜に単身赴任していた3年ほど前。
会社内が業容拡大に伴い、人間関係もギスギスしてきたことも相まって、そろそろ関東に戻りたいなと考えていた頃です。
行きつけの料理屋のご主人から安井金比羅宮のお話を聞き、京都巡りのついでにお参りをしてお守りを頂きました。
その後、運良く転職が叶い、さいたまでの家族との生活に戻ることが出来たのです。
そして、今回のサラリーマン生活との決別。もちろん安井金比羅宮を訪れ祈願してきました。
お参りのポイント
1)まずは境内に入ると、筆ペンと短冊がおかれたコーナーが目に入ります。
幾つかのテーブルがおかれているのですが、結構な混雑ぶりです。
自分の周囲の環境を変えていきたい、神様にもすがりたいと願っている人たちがみなそれぞれの思いを込めて短冊に願い事を綴っている様を見ると、自分一人で悩んでいる場合ではない。現状に甘んじている場合ではないという気持ちになります。
自分が決別したい事柄、新しく結びたいご縁を願い短冊に書きましょう。
書き終わったら、100円ほどのお金を備えてある小箱に投入。
2)縁切り縁結び碑(いし):中央に穴の開いた巨大な絵馬の形をした石。
先程の短冊をこの碑に貼り付けます。貼り付けるチューブ入りののりがそばの机に何本も置かれています。
既に夥しい短冊が貼り付けられています。まさに祈りが凝縮されたスポットですね。
次にこの碑の真ん中に空いた穴を腹ばいになってくぐり抜けます。
悪縁を断ち切りたい場合は表から裏へ、良縁を結びたい場合は裏から表にくぐるのだそうです。
行列となっている場合が多く、短冊を碑に貼り付けるだけでもご利益はありました。

- お守り:縁切り、縁結びをはじめ、様々な種類のお守りが用意されています。

まとめ
今回その起源を僕なりにまとめてみたところ、改めて安井金比羅宮の伝統と昔からの人々の心の拠り所であった所以がわかりました。
清水寺、五条坂などの名所からも程近く、是非街歩きの途中にでも訪れてみてください。
きっと新しい世界が広がりますよ。

PowerBook G3用ケース現役復活!
2024年9月2日 13:59暮らしに合わなくなって棚の奥へ追いやられることもあれば、何十年もたってから、思いがけない役割を与えられることもあります。
最近、わが家でそんな「現役復帰」を果たしたのが、25年ほど前に買ったPowerBook G3用のPCケースです。
きっかけは、会社を辞めたことでした。
20年間、仕事の相棒はTUMIだった
会社勤めをしていた頃から、約20年にわたってTUMIのビジネスバッグを愛用してきました。
これまでに買った黒いビジネスブリーフは、おそらく6〜7個。一つを3年ほど使っては、次のモデルへ買い替えるというサイクルでした。
もっとも、壊れたから買い替えたわけではありません。
新作を見ると欲しくなり、それまで使っていたバッグをオークションに出す。そんなことを繰り返していたのです。
TUMIの魅力は、まずバリスティックナイロンの丈夫さにあります。
一般的な通勤バッグなら、2年ほど使うと角が擦れたり、生地が傷んだりしてきます。ところがTUMIは、少々乱暴に扱ってもなかなかへこたれません。感覚的には、普通のバッグの2〜3倍は使えそうです。
そして、もう一つの魅力が収納です。
PC、タブレット、書類、財布、キーケース、本。持ち歩く物それぞれに「ここへ入れてください」と言わんばかりのポケットが用意されています。
一度その便利さに慣れると、ほかのバッグへ移る気が起きなくなるのです。
会社を辞めると、バッグも変わる
現在持っているTUMIのブリーフケースは二つあります。
一つは普段の通勤に使っていた薄型タイプ。もう一つは、荷物に合わせて容量を広げられるタイプです。
以前は、薄型を日常用、もう一方を一泊程度の出張用として使い分けていました。
ところが7月に会社を辞め、毎朝決まった時間にブリーフケースを持って出かける生活が終わりました。
すると、あれほど毎日使っていた薄型のバッグに、ほとんど出番がなくなりました。こちらはオークションに出そうと思っています。
容量を広げられるほうは、京都などへの小旅行でまだ活躍してくれそうなので、手元に残すことにしました。
生活が変われば、必要なバッグも変わる。
考えてみれば当たり前のことですが、20年間の相棒を使わなくなると、少しばかり時代が動いたような気がします。

。
新しい相棒も、やっぱりTUMI
ビジネスブリーフに代わって、今の主役になったのはTUMIのリュックです。
結局、またTUMIなのです。
スーツには似合いませんが、今ではスターバックスへ行くときも、街を歩くときも、このリュックを持ち出します。春先のパリや、香港・深圳を歩いたときにも、ちょうどよい大きさでした。
ポケットが多いので、入れる場所さえ決めてしまえば使い勝手は抜群です。
そして、このリュックにMacBookを入れるときは、必ずケースに収めます。
傷だらけのMacBookというのは、どうもMacらしくない気がするのです。
もっとも、会社で使っていたWindowsノートは、裸のまま無造作にバッグへ放り込んでいましたが。
この扱いの差については、深く考えないことにします。

ケースを使いたくて、PowerBookを買った時代
PCケースには、昔から妙なこだわりがありました。
1990年代半ば、僕がPowerBookを使い始めた頃、「Wet Suits」というノートPCケースが話題になりました。
厚手のウレタン素材で作られ、PCにぴったりとフィットするケースです。鮮やかなオレンジ色で、縁取りの色も少し違っていて、当時としてはかなり洒落ていました。
どうしても欲しくなり、秋葉原のT-ZONEまで買いに行ったのですが、ケースは10インチ程度の小さなノートPC向け。大きくて分厚い僕のPowerBookには入りません。
普通なら、そこで諦めます。
ところが僕は、そのケースを使うためにPowerBook Duoを買い足してしまいました。
ケースに合わせてパソコンを買う。
今考えても、順序が完全に逆です。
案の定、拡張性の低いDuoではできることが限られ、結局オークションへ出すことになりました。
「Wet Suitsもお付けします」と書いたところ、落札希望者から「スキューバはやっていないのですが……」という連絡をもらったのも、今では懐かしい思い出です。

棚の奥から戻ってきた、25年前のケース
現在使っているPCケースは、1999年頃のMacworld Expoで買ったものだったと思います。
大きくて分厚いPowerBook G3に、ぴったり合うウェットスーツ素材のケースです。中央には白いAppleマークが入り、PowerBook G3らしい雰囲気があります。
その後のMacBookには大きすぎたため、十数年もの間、戸棚の奥で眠っていました。
ところが、ビジネスブリーフを使わなくなり、MacBookをリュックへ縦に入れられるケースを探し始めると、なかなか理想的なものが見つかりません。
そんなとき、棚の奥からこの古いケースが出てきました。
試しに使ってみると、これが驚くほど具合がよかったのです。
このケースは左側、右側、天面の三方向にファスナーが開きます。リュックの中へ縦向きに入れ、上になった部分だけ開けておけば、MacBookを上からするりと出し入れできます。
ケース単体で見れば、今のMacBookには明らかに大きすぎます。
けれども、リュックの中で衝撃を和らげるインナーケースとして使うなら、その余裕がかえって便利です。ぴったりしていないからこそ、出し入れがスムーズなのです。
最新のMacBookを守っているのが、25年前のPowerBook G3用ケース。
当時は想像もしなかった組み合わせです。

暮らしが変わると、古いモノに新しい役割が生まれる
20年間使い続けたTUMIのビジネスブリーフは、会社員生活の終わりとともに出番を減らしました。
代わってリュックが日常の相棒になり、その中では25年前のPCケースが再び働き始めています。
新しいモノへ買い替える楽しさもあります。
けれど、昔好きで選んだモノが、長い休眠期間を経て今の生活にぴたりとはまる。その喜びは、新品を買ったときとは少し違います。
モノにも、第二の人生がある。
棚の奥で眠っている古い道具も、こちらの暮らしが変わる日を、案外じっと待っているのかもしれません。

ジョブズ SONYへの憧れ
2024年9月1日 15:15Appleのお手本だったSONY
2001年、幕張で開かれたマック・ワールドエキスポ・トーキョー開催初日。
ステーブ・ジョブズが基調講演に登壇。彼は4年前に復帰していきなりiMacを大ヒットさせ、倒産寸前だったAppleの救世主です。
そのカリスマが、この日本での講演で、最も力を入れてアピールした新製品。それがPowerBook G4でした。
「AppleはSONYをリスペクトしている。彼らはとても素晴らしい。
PowerBook G4は、VAIOのようなセクシーなノートブックを作ろうとの想いを込めた!」
彼の背後の巨大なスクリーンに、性能スペック、製品サイズ、バッテリー持続時間、価格等々。。VAIOとの比較表のスライドを映し出し、熱く語っていたのを今でも鮮明に覚えています。
ちなみに、この時のジョブズは大きな世界観を語ることもなく、自社製品を上手にプレゼンする辣腕営業マンという印象でした。

この講演を聞いて僕の率直な感想は「パーソナルコンピューターの先駆者Appleが目指すところは、この世界の新参者のSONYなのか!?」とちょっと意外な感じがしました。
しかしながら、彼の言う通り、当時のVAIOの洗練さたデザイン、その薄さと可搬性、先進性は、当時のPC業界の衝撃だったのです。
そして現在に至るApple製品の圧倒的な独創性や革新性も、かつてはSONYというお手本があったのです。
後にいろいろ調べてみると、ジョブズは生前、SONY創業者 故・盛田昭夫氏と親交があり、その企業文化や製品哲学に深く共感していたようです。
一説によると、ジョブズはMacOSが動くVAIOをSONYに披露したという逸話も。。
思うに、ジョブズは愚直なまでにSONY製品をリスペクトし、いつかはそれを追い抜こうとの熱い想いを込めて製品を世に送り出していたんですね。。
僕はその集大成がPowerBook G4とiPodだったと思います。
特にiPodは、更にSONYの先を行き、音楽配信ビジネスを定義。
遂にはiPhoneに繋がる道筋を作った歴史的なプロダクトといえるでしょう。
VAIOがライバルだったPowerBook G4 TI

当時VAIOノートが、外装ボディに採用したマグネシウム金属。
軽い、高強度というポジテイブな要素がある反面で、表面の加飾加工性に難点があり、自動車やノートパソコンでは、外観パネルに用いられることはなく内装部品用途の素材でした。
そのマグネシウムを外装に用いることはチャレンジングを通り越して、常識外れと言わざるを得ませんでした。
VAIOノートの大ヒットに続けとばかりに、マグネシウムを採用したノートPCが東芝、富士通などからも出ました。
それらは銀色のカラーリングが多かったため「銀パソブーム」というムーブメントとなったものの、マグネシウム加工の歩留まりの低さ故に、供給できる台数が圧倒的に少なかったのです。
当時のパソコン雑誌には「銀パソ新製品、発売日に店頭に並ばない!」などと揶揄されたほどです。
まさに製品メーカー購買部門泣かせの素材でした。
これに対し、PowerBook G4ではマグネシウムではなく、チタン合金を採用しVAIOに対抗したのです。
加工難易度的にはマグネシウム同様に難しい素材でした。
今でこそiPhone15Proの外装の素材として普通に採用されていますが、当時はプレス加工や表面処理が非常に難しく、エレクトロニクス製品に採用されている事例はなかったと思います。
このへんは、Appleとして、独自の素材を採用して、VAIOに対抗できるノートブックを世に出そうという想いがあったのではないかと思います。
のちのに僕もこのPowerBook G4を手に入れました。チタン独特のクールな質感と、飛び抜けた性能。
当時会社から支給されていたVAIO505をついに追い越して、到達した次元の違いを感じたものです。

当時のSONYはすでに20年の長きにわたり、ウォークマンで、ポータブルオーディ業界を席巻してきました。カセットテープから、MD、メモリーオーディオと変化を遂げながら。
その圧倒的なプレゼンス、ハードの優位性、そして傘下のレコード事業への配慮から、インターネット時代の音楽配信ビジネスのまとめ役を担おうとしませんでした。
結果、前回の記事にも書いたNokia携帯のごとく、iPodおよび新しい時代の音楽配信ビジネスiTunesを立ち上げたAppleによって、まるでオセロゲームのコーナー一発逆転の如く、あっさりゲームチェンジされてしまったのです。
奇しくもその頃、SONY社長の出井伸之氏が「インターネットはユカタン半島に落ちた隕石だ!」と、インターネット時代の未来を予言しながらも、隕石の激突で絶滅してしまったしまった恐竜は、こともあろうにSONYのレガシービジネスそのものだったとは何とも皮肉です。
Think diffarent
当時ジョブズが掲げた広告スローガンです。
その意味するところは以下のようなものだそうです。
・現状に挑戦し、新しい価値観を創造する
・型にはまらず、独創的な発想をする
・人と違うことを恐れず、自分の信念を貫く
まさにこれらはSONYの企業文化そのものだったはずなのですが。。。