このブログについて
Macや旅、日々の暮らしの中で気づいたことを、気ままに綴っています。
古いMacを楽しむこと、街を歩くこと、そして日常を少し心地よくする工夫。
そんな「好きなもの」を、自分のペースで記録していくブログです。
新着記事

四万温泉満喫
2024年12月20日 12:37
今年も家内と二人で群馬県の四万温泉へ行ってきました。年末の恒例行事として訪れる四万温泉は、私たち夫婦にとって癒しと活力チャージの場所です。
高速バスでゆったり旅
四万温泉へは、毎年利用している都内発〜川越駅経由の高速バスを利用。 12時半頃川越駅西口を出発し約3時間のバスの旅。 車窓から眺める山々の冬枯れの木立ちがなんとも美しく、四万温泉に近づくとまるでタイムスリップしたかのような、昔ながらの温泉宿の情景が魅力です。宿泊先「四万グランドホテル」の魅力
今回宿泊した「四万グランドホテル」は、僕がまだ小さな頃、親に連れてれて行った当時のほぼそのままの外観で、少々年代ものという点はありますが、広々とした施設とリーズナブルなお値段、それになんといっても泉質の良い温泉が魅力の宿です。
なのでこの数年、我が家の定宿です。
また、冬のこの時期、雪の心配をしなくて済む高速バスで行けて、終点がこのホテルの真ん前ということも嬉しいポイントです。
ライブキッチン形式のビュッフェも堪能
新館に位置する、明るく広々とした、落ち着いた雰囲気のお食事会場。
夕食は地元の食材をふんだんに使った料理の数々は、どれも新鮮で美味しいものばかり。
中でも上州牛のステーキは絶品で、柔らかさがたまりませんでした。
他にも揚げたての天ぷらや、地元の野菜やお肉をお好みで作る寄せ鍋もほんわかと、気持ちが和みます。
朝食は、やはりこちらもライブキッチン形式で提供される焼き味噌の香りのおにぎりが美味しかったです。
温泉巡り
四万温泉の泉質の特徴
四万温泉は、その名の通り「四万(よんまん)」もの病を癒すといわれ、古くから湯治場として親しまれてきた温泉地です。 四万温泉の泉質は、主に「体を温める」「肌に優しい」という特長があります。 1. ナトリウム-カルシウム塩化物硫酸塩泉 疲労回復とリラックス ナトリウム成分は、体の芯から温める効果があり、冷え性や筋肉疲労を和らげるとされています。 2. 硫酸塩泉(単純泉に近い成分) また、硫酸塩泉の鎮静作用でストレスを解消し、心をリラックスさせる効果も。湯船に浸かると、体だけでなく心まで軽くなるような感覚を味わえました。 美肌効果 四万温泉の湯はとても柔らかく、肌を包み込むような感触があります。入浴後、肌がスベスベになるのを実感しました。硫酸塩泉は「美肌の湯」とも呼ばれ、新陳代謝を促し、乾燥や肌荒れを防ぐ効果が期待できます。 同じ群馬県の草津温泉の酸性分が強いため、昔から四万温泉は、草津の上がり湯と言われているのだそうです。 また、四万温泉は、入るだけでなく飲むことで体に良いとされている「飲泉可能な温泉」としても知られています。その効能は胃腸の働きを助けたり、便秘解消や消化不良の改善に効果があるといわれています。 四万温泉の湯で得られるパワー 四万温泉の泉質は、その柔らかさと効能の多さから、単なるリラクゼーションを超え、「新しい活力を与えてくれる湯」としても感じられます。 今回の旅行では、心も体も浄化されるような感覚を味わい、一年の疲れをリセットするだけでなく、新しい年へのエネルギーをしっかりチャージできました。 四万の湯に浸かりながら、一年の疲れを癒し、新たな年に向けて気分をリセットできる四万温泉。 来年もまた、この温泉で一年の疲れを癒やしたいと思います。
東京ミネラルショー2024に行ってきました。
2024年12月16日 15:01この週末、天然石好きにとってはたまらないイベント「東京ミネラルショー」に行ってきました!
石たちのエネルギーに包まれる素敵な時間を過ごしましたのでご報告です。
東京ミネラルショーとは

日本国内最大級の鉱物・化石・天然石の展示販売イベントです。
毎年12月 池袋サンシャインシティで開催され、多くの鉱物・天然石ファンや業者が訪れる一大イベントで、世界各国から集まった珍しい鉱物や化石、天然石が展示・販売されます。
ヨーロッパ、南米、アフリカ、アジアなど、地域ごとの特徴的な石を見ることができます。
原石だけでなく、ジュエリーやインテリア向けに加工された天然石のアクセサリー、彫刻、ランプなども多く展示されています。
初めて訪れる東京ミネラルショー
まず会場に入ると、ぎっしりと並ぶ出店ブース(今年は500店舗の出店があったそうです)とそれらを取り囲むものすごい人垣に圧倒されます。日本にこんなに多くの天然石フアンがいるのだということを改めて実感。
そして、目の前に広がるは原石、クラスター、カットされたジュエリーなどなど色とりどりの石たちの世界!
宝石と天然石の違い(癒やしとパワー)
天然石と宝石、一見似ているようでその役割や価値観には大きな違いがあります。それぞれの特徴や、得られる癒しやパワーに焦点を当ててみましょう。
宝石の魅力:希少性と美の象徴
宝石とは、ダイヤモンドやルビー、サファイアなど、美しさや希少性に重点を置いた鉱物のことを指します。
高い透明度や輝き、カットによるデザイン性が特徴で、多くの場合ジュエリーとして身につけられます。
宝石は見た目の美しさに加え、「富」や「成功」の象徴とされることが多く、特別な日のプレゼントやお守りとして選ばれることが一般的です。
天然石の魅力:自然が生んだ癒しとエネルギー
一方で、天然石はより自然そのものに近い形で私たちの心や体に寄り添います。
美しさだけでなく、その石が持つ質感や色合いから伝わる雰囲気に着目されるのが特徴です。
たとえば、アメジストは「癒しと安眠」を、ローズクォーツは「愛と調和」を象徴する石として親しまれています。
また、宝石に比べて手に取りやすい価格帯のものが多く、気軽に日常生活に取り入れることができる点も魅力です。
癒しやパワーの違い
宝石は主に「ステータス」や「特別な瞬間」を輝かせる存在として、心を満たすことに特化しています。
一方、天然石は身につけることで感じる癒しや、空間を整える効果を重視します。
たとえば、デスクに置いたクラスターが空間の雰囲気を整えたり、ポケットに忍ばせたタンブルがお守りのような安心感を与えてくれます。
今回のお目当ては?
今回は特に「癒しと活力」をテーマにした石を探すことを目的にしていました。
最近、パワエニでもリラックス効果や集中力アップにつながる商品が注目されているので、これに合う天然石をチェックしました。
購入したアイテム

・琥珀の髪飾り:息子がびびと来たということで衝動買いしてしまいました。
• この機会、癒しにピッタリラフカットのアメジストを購入しました
まとめ
スタートしてまだ間もない僕のECショップ「パワエニ」。まだ品揃えは発展途上ですが、今回の東京ミネラルショーを通じて、「石それぞれの個性」に改めて魅了されました。石の色や形、そして背後にあるストーリー――どれもが唯一無二で、選ぶ楽しさがあります。
今回仕入れたアイテムや新たなインスピレーションをもとに、より多くの方に「石の魅力」をお届けできるよう、これからもショップを充実させていきたいと思います。特に、パワエニのコンセプトである「エネルギッシュで洗練された」商品ラインナップを目指し、石の個性を生かした商品を展開していく予定です。
まだまだ小さな一歩ではありますが、天然石の世界を通じて、皆さんの生活にちょっとした「癒し」をお届けできるよう頑張ります!
ぜひ今後のパワエニにもご期待ください。

深圳の旅で感化された息子
2024年12月4日 10:34こんにちは!前回の投稿からちょっと間が空いてしまいましたが、大学生の息子同行で10日間ほど香港〜中国深圳に出かけてきました。

息子は大学を休学中で引きこもりがちでしたが、活力溢れる深圳の街で、かつて僕が駐在していた頃からの信頼してきた多くの人々に出会って前向きに行きてゆくパワーを分けていただいていたようです。
この旅で驚くほど前向きな変化を見せてくれました。
今回の旅で僕は改めて深圳はただの都市ではなく、人の心のエンジンをスタートさせる不思議な力を持った場所だと実感しました。
今回は「都市そのものが持つパワー」という視点で、深圳の魅力とともに、私たち親子が感じたエネルギーについてもお伝えします。
漁村からハイテク都市へ—深圳の変容の軌跡
中国広東省深圳市の歴史は新しく、1979年に中国中央政府から経済特区に指定される以前は、のどかな漁村だったそうです。
経済改革によって世界の工場へと成長し、現在ではIT産業の中心地として「中国のシリコンバレー」と呼ばれるまでに発展しました。
深圳の成功の象徴と言えるのが、1992年に鄧小平が行った「南巡講話」です。この講話は、改革開放政策を加速させる大きなきっかけとなり、深圳を中心とした経済特区が全国のモデルケースとなりました。
鄧小平の「先富論」(一部の地域が先に豊かになり、その後全体を豊かにする)の理念は、深圳に集まる多くの移民労働者や起業家の原動力にもなりました。彼らの努力と情熱が、深圳のダイナミズムを支えています。
内陸部から集まる人々のパワー
深圳のもう一つの大きな魅力は、内陸部からこの街に集まってきた人々の力です。
工場時代から始まり、現在のIT都市に至るまで、深圳の成長は多くの移民労働者や起業家たちによって支えられてきました。
山西、湖南、四川など中国各地の農村部から、多くの人々が夢を求めて深圳に集まり、工場労働者として働き始めました。
そこから多くの人々がキャリアを築き、ビジネスやサービス業へ、さらにはIT業界へと進出していきました。
息子が変わった!深圳の活力が生んだ奇跡
10日間の出張中、深圳のエネルギッシュな街を巡りました。
深圳の周辺都市(東莞・恵州)に出向いての商談や、いろいろなやり取りを通じて、息子は多くの活気ある人々に触れ、励まされ、次第に表情が変わっていきました。
特に印象的だったのは、深圳の起業家たちとの会話です。
自分の夢を語りながら現実的な挑戦を続ける彼らの姿と、未熟ながらも将来の夢を語る息子を真剣に応援しようとするアドバイスに、息子も「自分も何かやってみたい」と意欲を見せるようになりました。
中国でのLINE的な位置付けのSNSアプリ「We Chat」このいくつかのグループチャットにも息子を加えていただきました。
そして旅の終盤には、「近いうちに今度は一人で来たい」といっていました。
深圳の活力は、人を内面から変える力を持っていると確信しました。
会展中心界隈と羅湖界隈—都市のエネルギーを体感
深圳は福田区の「会展中心駅付近」の新しい深圳と、「羅湖(ローフー)駅周辺」の昔ながらの深圳に大きく区分されると思います。どちらも大都会ですが街の情景は対照的です。
会展中心界隈

未来都市の象徴ともいえる超高層ビルが立ち並び、特に夜のライトアップは圧巻。僕のかつての勤務先もこのビル群の一角にありました。
ここでは都市のスケール感と成長の勢いを全身で感じられます。
羅湖界隈

香港に隣接するこのエリアは、全国各地から人々が集まる活気のある場所。
かつては日本人駐在社のアパートや日本料理屋やクラブなどが密集していました。今はお店の数は半分くらいになってしまったでしょうか?
また、羅湖駅広場に構える巨大な羅湖商業城、ここでは商人たちの活気と交渉の熱気が街を包みます。
ここでは、街全体のエネルギーを肌で感じるものになりました。
深圳の「エネルギー」
深圳はただの観光地やビジネスの中心地ではありません。ここで得られるのは、「可能性は無限である」というエネルギーと、何か新しいことを始めたくなるパワーです。
息子のように、内向きになりがちな人でも、この街のエネルギーに触れれば自然と行動を起こしたくなるのかもしれません。
最後に
このように、今回の旅では改めて深圳は街全体を一つの巨大なパワーを持った都市として感じることができました。
息子にとっては、幼少の頃、妻に連れられて夏休みや春休みに私のアパートに遊びに来てはいたものの、今回大人になって都市の持つ活力に触れ、人生の新たな一歩を踏み出すきっかけが見つかったようです。
私たち親子にとって、深圳は人生に新たな風を吹き込んでくれた場所となりました。
Thank you to Shenzhen!

熱田神宮と信長塀
2024年11月13日 10:37こんにちは。先日名古屋に出張した帰り、熱田神宮に立ち寄り、先頃ようやくスタートした僕のECショップ「パワエニ」の繁盛祈願をしてきました。
今回は、中京圏のパワースポット「熱田神宮」の概要と、神社内に残る「信長塀」についてご紹介します。
熱田神宮の歴史とご利益
熱田神宮は、約1900年前に創建されたとされ、日本神話に登場する英雄、日本武尊(やまとたけるのみこと)を主祭神としています。
日本武尊が持っていたとされる三種の神器の一つ「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」が熱田神宮に奉納されているため、熱田神宮はその聖地とされ、旅の安全や病気平癒、戦勝祈願、そして現在では商売繁盛など、幅広いご利益があるとされています。

草薙剣(くさなぎのつるぎ)
素盞嗚尊(すさのおのみこと)が、出雲国でのヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、姉の天照大神に献上しました。
天照大神は、その草薙剣を孫の迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けました。日本書紀によると迩迩芸命の曾孫が、初代天皇である神武天皇だとされています。
草薙の剣を含む三種の神器(他には、天照大神が天の岩戸に隠れた際に彼女を誘い出すために神具として活用されたといわれる「八咫鏡(やたのかがみ)」、同じく天照大神を誘い出す際に用いられたとされる「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」)は、その頃より宮中に置かれ、天皇の皇位とともに継承されていくことになります。
時を経て、第12代・景行天皇は、息子である日本武尊の勇猛な性格に相応しい、日本各地の征伐を命じます。
日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷(えみし)征伐に遠征した際に、尾張に立ち寄り、尾張国造の娘である宮簀媛命(みやずひめのみこと)と結婚。
彼女に草薙剣を預け、伊吹山(岐阜県)の神の征伐に向かいますが、戦いに敗れ亡くなってしまいます。
日本武尊の后である宮簀媛命の手元に残された草薙剣はそのまま尾張の地に祀られる事となり、熱田神宮が建立。
時は流れて、草薙剣が再び歴史書(吾妻鏡)に上がるのが、平安時代の末期1183年壇ノ浦の戦いで平家が滅亡したときのことです。
このとき、敗北を覚悟した平家の二位尼が幼い安徳天皇を抱き、運び出していた三種の神器のうち大きな八咫鏡は船上に残し、草薙剣と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を抱き入水してしまいました。
但しこの時の草薙剣は宮中で祀られた形代(かたしろ=神霊が宿りやすいように形を整えたもの。平たくいうと神霊が宿った異次元のレプリカ)でした。
のちに勾玉は見つかりますが、草薙剣は見つかりませんでしたので、後年順徳天皇が伊勢神宮から贈られた剣を新たに草薙剣とし、今に受け継がれています。
神話の時代から現在に至るまで神聖なる剣・草薙剣は神聖なるがゆえに、天皇や宮司さえも実物を見てはいけないとされています。
現在、草薙剣は熱田神宮に本体が、形代が皇居「剣璽の間」に安置されています。
相殿神
熱田神宮には、主祭神の日本武尊とともに、相殿神として多くの神々が祀られています。
1. 天照大神(あまてらすおおみかみ)
日本神話の最高神であり、太陽の女神です。伊勢神宮の主祭神としても知られ、日本全体の繁栄と平和を象徴する神です。天照大神は日本武尊と血縁のある神として、また国を守護する神として祀られています。
2. 素盞嗚尊(すさのおのみこと)
天照大神の弟であり、勇猛な性格を持つ神です。悪霊や災厄を追い払う神とされ、特に厄除けや疫病退散のご利益があると信じられています。
3. 日本武尊の妃神である宮簀媛命(みやずひめのみこと)
宮簀媛命は日本武尊の妃で、夫である日本武尊の死後もその霊を敬い祀り続けたとされています。宮簀媛命は家庭円満や縁結びのご利益があるとされています。
4. 建稲種命(たけいなだねのみこと)
建稲種命は日本武尊の側近であり、彼の死後に草薙剣を熱田神宮へ奉納したとされる人物です。信義や忠義を象徴する神として祀られています。
これにより、神社のご利益が幅広くなり、様々な祈願を受け入れる神社としての役割が強まります。
信長塀の歴史的背景
神社の境内に入ると、ひときわ目を引く「信長塀(のぶながべい)」と呼ばれる美しい壁があります。
この塀は、戦国時代に織田信長が桶狭間出陣のおり、熱田神宮で必勝祈願を行っており、見事大勝利したため、その報恩として奉納したものです。
信長の軍勢はわずか二千、対する今川軍は二万五千。誰が見ても勝ち目がないこの戦。
信長の家臣が記した一次資料「信長公記」によると、信長が義元の布陣する桶狭間に近づくと天候が変わり、霰(あられ)や雹(ひょう)がまじった激しい雨が降り出し、今川軍は慌てて散らばってしまったので、織田軍の接近を察知できませんでした。
織田軍は「この合戦は熱田大明神の神慮による戦いだ!」と奮い立ったのです。
まさに熱田神宮が信長にパワーを与えた瞬間!
千載一遇のチャンス信長軍は一気に奇襲をかけ、義元の首級をあげたのです。
ちょっと前の言葉で言うならば「神ってる!」とでもいうのでしょうか。まさに歴史が変わった瞬間でした。
信長塀は、戦火の中を耐え抜き、現在までその姿を保っています。
この塀は日本の伝統的な建築技法「三和土(たたき)」が用いられており、土と瓦を交互に油で塗り重ね、まるでミルフィーユのような美しいデザインが特徴。
神仏を信じない信長が唯一、熱田神宮だけは信仰し、どれほど熱田神宮を崇敬していたかを感じさせる造形物ですね。
パワースポットとしての魅力
熱田神宮は、境内全体に神聖な気が満ちていると言われ、多くの人が「パワーをもらえる」と感じる場所です。
広い神域の中には、心を落ち着ける静かな森や、豊かな自然が広がっており、訪れるだけでリフレッシュできます。
特に信長塀の近くは、戦国武将の強い意志が込められた場所として、力強いエネルギーが流れていると言われていますし、心を無にすると、そのエネルギーを感じることができます。
熱田神宮と信長塀は、歴史の中で多くの人々の祈りを受け止めてきた神聖な場所です。パワースポットとしてのエネルギーを感じながら、静かで美しいこの地で心を癒し、明日への活力をいただきましょう。
熱田神宮を訪れることで得られる心の安らぎとパワーは、日常生活において大切なエネルギー源になることでしょう。

Thanks to Quincy!
2024年11月10日 20:26先日、音楽プロデューサーの大巨匠、クインシー・ジョーンズが亡くなったとの報に接し、深い感慨に浸りました。
クインシーの作品を通して、僕の折々の人生は彼の豊かな音楽とともにありました。
ここでは、僕にとって思い出深い3つのアルバム、「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」「バック・オン・ザ・ブロック」を通して、彼の音楽がもたらしてくれた感動を振り返りたいと思います。
高校時代:『オフ・ザ・ウォール』

1979年高校3年の頃、まだLPレコードだったマイケル・ジャクソンの「オフ・ザ・ウォール」を近くのレコードショップで少ないお小遣いで購入しました。
クインシーが初めてマイケルをプロデュースしたアルバムです。
当時流行していたブラック・コンテンポラリーミュージックを、新たな次元へと引き上げた傑作として高く評価されています。
ロッド・テンパートン、ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダーなどの豪華作家陣からの楽曲提供とともに、バックの演奏もクインシーファミリーの一流ミュージシャンを起用するなど、かなり高次元なクオリティ。
なかでも、タイトル曲「オフ・ザ・ウォール」「今夜はドント・ストップ」「ロック・ウイズ・ユー」は70年年代末のディスコブーム象徴する名曲です。何度も何度も繰り返し聴いたものです。
受験勉強どっぷりの高校3年当時、ややもすると陰鬱になりがちなその頃を、ダンサブルかつ突き抜けるようなサウンドで彩ってくれた青春時代の思い出のアルバムでした。
大学生時代:『スリラー』

その後大学に進学してからも、クインシーの音楽は僕のそばにありました。
大学生活最後の年の1983年、突然変異の如く現れたアルバム「スリラー」それは単なる音楽アルバムの枠を超えた社会現象だったと思います。
当時、それまでリスニングオンリーだったポピュラーミュジックの世界が一変。映像付きの楽曲を流す「MTV」という新しい音楽の視聴スタイルが浸透。
その象徴となったのがこのアルバムで、「ビート・イット」「ビリー・ジーン」そして「スリラー」この3曲のミュージックビデオはあまりにも衝撃的すぎて、数々のパロディ作品が出現したものです。
タイトル曲の「スリラー」の度肝を抜かれるようなストーリーのビデオもさることながら、僕的このアルバムの最高傑作は、なんといっても「ビート・イット」です。
エディ・ヴァン・ヘイレンのリードギターと「ウエスト・サイド・ストーリー」へのオマージュのあの独特なグループダンス。
これはいわばサウンドビジュアルの核融合、時代の炸裂だったんだとおもいます。
加えて、美しいバラード曲「ヒューマン・ネイチャー」のメロディラインは、今もなお僕にとっての最高の癒しのナンバーです。
クインシーはこの曲を万華鏡のようなハーモニーと讃えています。
まさにこのアルバムは、それまでのポピュラーミュージックを変革した一枚でといえます。
世界売り上げ枚数一億枚、不滅のギネス記録だそうです。
社会人駆け出しの頃:『バック・オン・ザ・ブロック』

1989年、社会人としてなんとか一人前になろうとしていた頃、クインシーはまたもや新しい衝撃作で驚かせてくれました。
このアルバムは、ジャズ、R&B、ヒップホップ、ゴスペル、ファンクなど、さまざまなジャンルを融合した多彩な音楽性が特徴で、世代やジャンルの壁を超えた革新的な作品として知られています。
そしてこのアルバムには、多くのアーティストが参加しています。
レイ・チャールズ、エラ・フィッツジェラルド、マイルス・デイヴィスといったジャズ界の巨匠から、ジョージ・ベンソン、アル・ジャローといったフュージョンプレーヤー。
チャカ・カーン、ディオンヌ・ワーウィックといったR&B女性ボーカル。
アイス・T、ビッグ・ダディ・ケインなどのラッパーまで。
幅広い世代やジャンルのミュージシャンが集結し、その多彩な才能を、プロデューサーとしてクインシーにしかなし得ない手法でまとめ上げ、音楽の融合の力を示した奇跡の作品といっても過言ではありません。
翌年のグラミー賞で、「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を獲得の至極納得の圧巻の出来でした。
クインシーのこの3枚の傑作は、僕には単なる思い出のアルバム以上のものです。
彼の音楽によって、僕の人生のさまざまな場面が色づけられ、豊かになった感じています。
今まで、ありがとう!クインシー。安らかにお眠りください。